みじかいゆめ | ナノ



バレンタインの罠 3/4



朝一番にナマエの挙動不審を目にして、今日は何かあったかと考える。

本人に聞けば早い話だが、あれで取り繕ってるようなので自分で探ることにした。

先日の自分の誕生会のように、時が来るまで知らない方が良いこともあるのだと教えて貰ったからだ。

しかしその答えは、自分で見つけるより先に知らされることになる。

ーハンジによって。


「あ!リヴァイ!ハッピーバレンタイン!」

「・・・・あぁ、そうか。その日だっか・・。」

ずいっと差し出された皿の中から、黒により近いビターらしきチョコを一つ摘む。

ナマエのやつ、チョコレートを準備し終えていなかったか、忘れていたんだろう。そう気付くと声を掛けた時の慌てっぷりがあまりにも可愛く、しかしハンジの前でニヤけてなるかと摘まんだチョコを口へ放って転がすことで誤魔化した。
最終的にナマエからチョコが貰えて愛を確認出来れば順番などどうだって良くて、バレンタインデーの最初に差し出されたチョコがくされ縁のハンジ製チョコでも受け取るだけだ。むしろハンジだから受け取れたチョコだとも言える。
コテコテの本命チョコを手にしたのがナマエに見つかると拗ねてしまうので(これはこれで可愛いんだが歯が浮くような愛の言葉を繰り返しくれてやらなきゃ機嫌が直らないので非常に恥ずかしい)、差出人が古株で、明らかに好意がないチョコレート以外受け取らないのはナマエと恋人になった年から決めている事だ。


「リヴァイ、今日貰うチョコレートには気をつけた方がいいよ。毒入りなんだ!」

「!?」

慌ててチョコを吐き出すと、「あ〜!!これは違うよ!正真正銘私の自信作の健全なチョコだったのに!!」と非難の声が上がった。

「てめえが妙なタイミングで言うからだろうが・・!ったく・・!
で、どいつのチョコが毒入りなんだ?そいつの口の中に返却してやる。」

「ええっとね、確かミケの班の・・・マーサとか言ったかな?赤毛で癖っ毛なんだ。
惚れ薬が欲しいって頼まれて作ってあげたんだけど、私に使われちゃ困るって気付いて誰に使うつもりなのか聞いてみたんだ。
そしたらリヴァイって言うからさ〜。
リヴァイに何かあったら巨人達と益々距離が開いちゃうし、ナマエも悲しむだろう?
だから伝えておくべきだなって。」

「・・・そうか。それは助かった。
ハンジよ、てめえは命の恩人だ。礼がしたいから頭を差し出せ。」

「ん?こうかい?」

ナマエの髪の毛がサラサラとした絹糸のようなら、目の前のハンジの髪の毛は毛糸のようだった。
整えもせずに取り敢えず束ねられた毛束が生えた頭上に向かい、拳を振り落とす。

「い゛でっ!!!」

「惚れ薬なんざほいほい配ってんじゃねえぞこの馬鹿。
そんなくだらんモンに消耗品を無駄遣いするな。次ヘンなもんを生み出してみろ。お前の変態頭脳を力づくで常人に作り変えてやるからな。」

まったく。惚れ薬なんか作ってしまうなんて、天才なのか変人なのか分からんな。
痛みに悶えて土の上をゴロゴロ転げているところを見ると、やはり変人なのだろうと思う。

「それで、その薬の効果はどれくらい続くんだ。まさか一生続く訳じゃねえだろう。」

「暴力振るうような人間には教えてあげないよっ!

・・・・・・・・わ、分かったよ。まったく・・直ぐにそうやって人を脅かすんだから。

どれくらい・・というか、効能自体、完璧な物は作れなかった。
こっそりモブリットに摂取させてみたら、目の前の相手に欲情させるくらいの効能しか出来ていなかったよ。やっぱり人の意思を変えてしまう摂取物なんか作れっこないって、流石に察したよね。そんな物は作れない。私にはあれが限界だったし、それくらいが製作者として罪悪感の出ないセーフラインだと思って、そのままマーサに渡してやったんだ。」

「あのな・・・そりゃ要するに媚薬ってことだろうが。
後でギクシャクする事を考えたら惚れ薬よりタチ悪いだろ、それは・・。」

俺とナマエのように既に恋人同士なら別として、お互いの気持ちも確かめ合ってない男女が先に体を埋めるなど・・・・・ん?

「・・・ハンジよ、一つ聞くが、その媚薬入りチョコとやらの効能はマーサに限った話なのか?
例えば・・・モブリットは差出人であるお前に欲情したのか?」

「いや、欲情する対象になる条件は摂取した時、つまりチョコを口に入れた時点で目の前にいた相手なんだ。その相手を見ながらチョコが口内で溶けていくにつれて、段々とどうしようもない気持ちに飲まれていく。
だから勿論、私はモブリットの対象から外れたよ。」

満足そうにニッコリ笑ってみせるハンジに、じゃあ誰がその対象・・・というより被害者となったのかを聞くのはモブリットに酷なので止めておく。いい結果に傾けば、その内噂にでもなるだろう。
悪い結果になった場合は・・・。いや、面倒だ。俺は何も知らなかったことにしよう。


「そうか。ハンジ、お前に選ばせてやろう。

お前が兵団の消耗品を無駄遣っていたことを知ったエルヴィンに何らかの罰・・・そうだな、お前の研究費削減が妥当だろう・・を、受けるか、
お前が趣味で劇薬を作ったことはエルヴィンに黙っておいてやる変わりに一つ俺に従う。

選べ。最初の選択肢を選んだ場合は事の顛末を全てモブリットに話し、お前を絶対に逃げられねえよう拘束した上で差し出す。さあ、どうする?」

ハンジの良いところは、扱いやすいことだろう。
段々と青ざめ、愕然と俺を見る面を見れば、どちらを選ぶかなんて分かりきった事。
そもそも研究こそ生き甲斐のハンジにとって、これ以上の研究費の削減など酸素を奪われるようなものだ。

「な・・・なにを・・!なにをすれば・・!?」

「媚薬入りのチョコレートを作るよりずっと簡単なことだ。」


ー モブリットは可哀想だが、毒入りチョコのおかげで今年のバレンタインは良いものになりそうだ ー

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