みじかいゆめ | ナノ



贈り物の愛のカタチ A



「あそこだよ!あの部屋にいる!」

「・・あの部屋は使ってない空き部屋だろ・・?
あんな埃臭そうな部屋で何してたんだ・・掃除でもしてたのか・・?」

どうりで、いつものやり方で探しても見つからない訳だと納得した。

あの部屋は物に溢れ、もう何年も人の出入りがない、逢引きする場所にも選ばれないような部屋だ。
扉を開けてみる事ですら埃が舞いそうで躊躇する。

まさかあんな場所にナマエが用事があるとは思えないし、お気に入りの場所にするとも考え難い。

大体、俺をここまで綺麗好きにさせたのはまだ幼かったナマエなのだから、同じくらいには綺麗好きなはずなんだが・・・。

しかしもう、なぜあんな部屋にナマエが居るのかなんて理由はどうでも良かった。

ハンジがあの部屋にいると言った。
それを信じたい。埃をかぶってもいい。ナマエの髪の毛から指の先まで汚れにまみれてても構わないから、目の前の部屋の中に居て欲しい。
そしてとにかく、どうしようもない胸の不安を終わりにさせたかった。

ナマエが居るというのならいくら汚かろうが何処だって良かった。

扉の前に着き、迷うことなくドアノブを引いた。


ー パン! パパパパン!!


「「「リヴァイ!!ハッピーバースデイ!!」」」


扉を開けた視界に舞ったのは灰色の埃ではなく、色とりどりの小さな紙吹雪と、僅かな火薬の匂い。

そしてなぜか勢揃いしている馴染みの面々が、心底楽しそうに俺を見ていた。


「・・・ーこれは・・どういう・・・。」


正面の奥に垂れている弾幕の文字をなぞると下手な巨人の絵と、”誕生日おめでとう”の文字が躍っている。


そうか・・・・今日は誕生日だった。


元々ナマエの誕生日以外への関心が薄い上に、悪い目覚めを引きずっていたせいで全く気がつかなかったのだ。

頭を整理している内に、あれよあれよと頭に陽気な被り物を乗せられ、誕生日席らしく飾り立てられた椅子へと座らされる。

目の前には、見覚えのある食事が隙間なく並べられている。

大きな皿にたっぷりと乗っているのは、どれもこれも自分の好物だった。


「・・・!ナマエ・・。」


節制していた地下街時代に、タイミング良く強請ればありつけたナマエの懐かしい手料理の数々だった。


「流石だねリヴァイ!
そう。これはナマエが用意してくれたんだ!勿論、私たちも手伝わさせて貰ったから安心してね。

そして、リヴァイへのプレゼントがありまーす!
ペトラ!連れて来て!」

ペトラが奥の小部屋へと入って行く。

俺はまだ状況を整理している途中で、全てを把握しきれていない。

向かい合う部下たちはとてもいいカオで笑っていて、混乱しながらも久しぶりに見た表情に穏やかな気分になった。

この料理を作ったのはナマエ達で・・俺は朝からナマエを探していたのに見つけられず・・・今日は誕生日だった・・・


「だいじょぶだって!どこから見ても完璧に素敵な兵長の恋人よ!すごく喜ぶと思うわ!さぁ、早く行くのっ。」

「えっ、待って!やっぱり変だよ!どうしようペトラ!やっぱりわたし・・っ!」


ナマエの声だと分かった。

奥の小部屋から、ペトラとナマエの話し声が聞こえる。

探していたのは今朝からなのにもっと、ずっとずっと長い期間探していたような気がして、声を聞いただけで胸が痛いほど、愛おしい。

「ちょっと、ペトラ?ナマエ?
早く出て来てよ〜、皆んな待ってるからさー!」

「だってハンジさん、ナマエったらこんなに可愛いのに、今更恥ずかしがっちゃって・・!」

「やっぱりこんな格好、変だよ・・!いつもの服に着替えさせてください〜っ!」


導かれるように席を立ち、扉の前で押し問答するハンジの隣に並んだ。

大丈夫だと目配せし、扉の向こう側のナマエへと声をかける。


「ナマエ。」

「・・・リヴァイ・・?」

ナマエが俺の名を呼んだ。

「どうした、なぜ出て来ない。今から俺を祝ってくれるんだろう?」

声色が優しすぎると、自分でも分かる。
皆んな揃っているのに、こんな口調じゃ間違っているとも。

でもどうしても、今はナマエが、

きっと大変だっただろうこの準備を、

俺なんかの誕生日を祝うためにふにゃふにゃに笑いながら、時々ドジを踏んじまいながらも、仲間としてくれていたんだろう。
そんな恋人を想像すると、


愛おしくて愛おしくて。

甘やかしてやりたくて、堪らない。


「あの、ね・・・いつもと違う格好なの・・。
エルヴィンが準備してくれたんだけど、いつもの洋服と全然・・。
こんなの一度も着たことなくて・・それでその・・・。」

扉の向こう側の恋人にバレないよう、笑ってしまった。

どう考えても、それは可愛いナマエの姿なのだ。


「大丈夫だから、出て来てくれ。」

「出て行きたいけど・・恥ずかしくて・・。
わたし・・こんな素敵なドレス似合わないよ・・・。」

「何も悩むことなんてない。
俺が幻滅すると思うのか?
そうだな、出来るもんならそうさせて欲しいくらいだ。
お前のことが可愛くてたまらない。狂ってるんじゃねえかと自分でも思うくらいに。
今日も一日中、お前を探していた。」

「わたしを・・?」

「ああ。そうだ。目が覚めてからずっと。
だから今、お前に会いたくてたまらない。」


ナマエが触れる勇気の無かったドアノブが静かに回り、ゆっくりと扉が開く。

まだ日も昇り切らない内に「おはよう」も交わせず腕の中から抜け出して来た俺の誕生日を祝うために、一つ一つ準備を整えながらも、どこか満たされず、一目会いたいと焦がれていたのは、ナマエも同じだったのだろう。


最初に見えたのは他の部下達と同じようなカオをしているペトラ。

それからさらに扉が開き、瞳を潤ませてグロスの塗られた唇を固く結び、恥ずかしさで頬のチークの赤味を増したナマエが現れた。

いつも指で愛でる柔らかな髪を結い上げ、露出させた肩と鎖骨の上にはしっかりと輝きながらも小ぶりなサイズがナマエらしいネックレス。

カツ、とヒールの音を響かせて踏み出した足がスカートのフレアから伸びていて、とても綺麗だと思った。

ドレスのスカートはふわりと広がるデザインで、その上のウエストは黒いサテンのリボンで引き締まっている。
何度も愛したはず。それなのにこんなに細かったか、と見惚れてしまうほどに新鮮で魅力的なラインだった。


「あの・・リヴァイ、やっぱりへ・・!」

「・・・似合ってる。」


抱き締めた柔らかな感触と、どこからか香る花のような香りはやっぱりナマエで・・。

あまりに綺麗な姿に胸が一杯になって、ありきたりの賛辞しか言ってやれなかった。顔を埋めた首元で目一杯息を吸い込めば、自分ではどうしようも出来なかった嫌な気持ちも途端に消えて、これまでにない幸福感に満ちて行く。


「リヴァイ、私も会いたかったよ。」

「ああ。」

「誕生日おめでとう、リヴァイ。」

「ありがとう。」

「リ・・ヴァイ・・あの・・皆んなが見てるよ・・・。」

「・・・・・。」

「いいの?」と、相変わらず腕に抱き留め続ける俺にナマエが聞く。

白くか細い腕が背中に回り、宥めるように何度か撫でたので、身体を離した。

焦らずとも、まだ時間はたっぷり残っている。

それでもやっぱりもう少し眩しい恋人を甘やかしたくて、一度だけ頬を撫でた。

素直に俺の指を受け入れてはにかむように笑っている、いつもより少し大人っぽいナマエに目尻も下がってしまう。


「リヴァイ、どう?私たちからの誕生日プレゼントは!」

腰に手を当て、得意げに反り返っているハンジ。
この押し付けがましい感じがハンジの憎たらしいところでもあるはずなのだが、今日は全く鼻につかない。むしろこのくらいが可愛気があっていいのかもしれない。


「リヴァイが一番喜ぶ贈り物について皆んなで考えたんだが、一つしか思い浮かばなくてね。」

からかう気持ちを隠しきれていない笑みで、エルヴィンが笑っている。

「髪もお化粧もドレスも、エルヴィンが手配してくれたの。
リヴァイの誕生日なのに、私がこんなに素敵な体験しちゃっていいのかなって。」

「そうそう。ナマエったら全然頷いてくれないんだもの!」

「結局勝手にオーダーを済ませたドレスのを押し付けるまで了承してくれなかったもんな。」

「恋人がこれだけ着飾れば、男は誰だって嬉しいに決まっ!?〜っ!!」

「ちょっとオルオ!あんた今日くらいそのへたなモノマネ止めなさいよっ!」

「ナマエさん・・・綺麗です・・。」

「いって・・!こ、こらエレン!!どさくさに紛れてそんなカオでナマエを褒めるな!ばか!」

「くッ!・・・・・ふふふ・・・。」


「「「は・・?!」」」


笑いを殺そうと歯を食いしばってみたが無理だった。
一度声を上げてしまえば歯止めが効かない。

面白いくらいに驚いて、しかも恐ろしいものでも見ているみたいに驚愕している部下始め同僚の顔が、俺からすれば可笑しな顔だ。

「リ・・・リヴァイが・・・!笑ってる・・・!?」

こんな風に抑えきれずに笑い声を上げてしまったのはいつぶりだろうか。

少なくとも、地上に出て来てからは無かった。

地下の、平穏ながらも貧しく、明日の食べ物も住処も保障のない日々。まだファーランやイザベルもいた頃。

そう・・・。
あの頃はまさに国民最低の生活環境に俺達はいて、それでも俺はもっと笑えていたように思う。


ナマエだけが、くすくすと掌の中で笑い続ける俺を懐かしそうに見守っている。

お前は・・・・・地下に潜っていても、地上に出て来ても、変わっていないな。


「おまえら。」


それはきっと、俺とナマエを取り巻くこの馬鹿で自分勝手でお人好しなこいつらのおかげだろう。


「ありがとな。」


「「「リヴァイ(兵長)が・・・・お礼を言った・・・・。」」」


「ね?リヴァイの笑顔、とーっても優しい顔でしょう?」


そう言って胸に飛び込んできた天使のような恋人を抱き留めて、きっとこの恋人の事だから同僚たちにいかに俺が優しいか力説したに違いないと思った。

そんな事をした所で、俺が甘いのはナマエに限った話なので理解される訳がないのにな。

それでも良く言われていたと思うと、やはり嬉しいものなのだ。


「おい、お前ら、いつまで驚いてる。
せっかくのメシが冷める。さっさと口を付けるぞ。」


「「「!!はいっ!!」」」


それからようやくエルヴィンの祝詞とハンジの乾杯により、この兵団ではかなり珍しい宴会が始まった。

久しぶりの酒が進みすぎ、酔い潰れた面々と片付けをきちんと済ませて帰ったのは主役とその恋人だった。


おしまい。


リヴァイ兵長、お誕生日おめでとうございます!!

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