みじかいゆめ | ナノ
贈り物の愛のカタチ @
夢を見た。
ナマエという人間が忘れ去られる夢。
俺以外の誰一人、ナマエがいたことも、名前すら覚えていない。
昨日までいた。お前と笑い合っていただろう。
それなのになぜだと怒鳴ると、困惑の表情を向けられた。
まるで俺が狂ってしまったと、どうすればいいのか分からないってカオだ。
そこでやっと俺は気付く。
ナマエという人間を知っているのは自分だけだと。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ー ピチチ ピチチ
「・・・・・夢、だな・・。」
悪い夢だった。
最悪な夢だ。
ナマエが忽然と消える、そんな現実離れしたクソみてえな想定はしていないが、もしかしたらと、嫌な考えが頭の片隅に居座ることはしょっちゅうある。多分そのせいであんな夢を見ちまったんだろう。
壁の外には人間を食う化け物がいて、俺たちは脆い壁で守られている。
壁外調査で離れている間、胸を燻る不安は時間と共に広がり、ナマエの元へ戻ると鎮火される。
その繰り返しだった。
「ナマエ。」
寝ている間にかいた冷や汗で、冷たくなった寝巻きを肌から剥がしながら、自分の一番大切なものを呼ぶ。
眠りに疎い自分とは正反対で、いつも寝起きは腰に絡めた腕を中々離してくれない癖に、こんな朝に限ってもう隣にナマエがいない。
珍しいこともあるもんだ。
しかし何も今日じゃなくったって良かっただろう・・。
顔を合わせたら抱き締めてボヤくくらいさせて貰おうと、いつまで経っても姿が現れない恋人に焦れて床に足を着けた。
「おいナマエ。」
脱いだ寝巻きを籠に放り、静かな部屋に足音を響かせる。
冬の朝の澄んだ空気が晒された肌を刺すが、今は次に着るべきシャツに顔を向ける時間すら惜しい。
てっきりクソ・・・というとナマエは怒ってしばらく口を聞いてくれなくなるのだが、用を足しているとばかり思っていたのに真っ直ぐに向かったトイレは無人だった。
は、と。
吐息とも声ともつかない音が腹から湧き出る。
夢で味わったヒヤリとした感覚が湧き上がり、まとわりついて、一気に余裕を失くした。
騒がしく、ガシャガシャと音を立てながらクローゼットの扉を開け、シャツをハンガーからひったくり、腕を通す。
ボタンを留めながらズボンを着替え、面倒な造りのベルトを身体に巻き付ける時間が惜しくて肩に掛けて俺達の部屋を飛び出した。
「おはようリヴァイ。どうしたんだ、ベルトもクラバットも着け忘れてるようだが・・。」
お前らしくないなと、エルヴィンは心底驚いている。
「ナマエを見てないか?」
「・・・今日はまだ会っていないな。」
「目が覚めたらいなくなってやがった。
見つけたら俺のところへ来るよう伝えてくれ。早急に、寄り道するんじゃねえぞと。」
「リヴァイ、そんなに心配しなくてもナマエはいつもお前の元へ戻って来てるだろう?何をそんなに慌ててる?」
「・・・とにかく、頼んだぞ。」
流石に言えない。
悪い夢を、ナマエが消える夢を見たから会いたいなんて馬鹿げた戯言。
分かってる。
分かってるが・・・。
それからハンジ、ペトラ、ニファ。
ナマエの居場所を知っていそうな人間に手当たり次第に声をかけても、「知らない」「まだ会ってません」と言われるばかりで聞きたい返事は貰えなかった。
「クソ・・どこに行った・・?!」
今まで、俺に行き先も告げずにナマエが消えてしまった事なんか無かった。
そもそも地下街で生活している時はナマエ一人では外出なんて出来ない様な治安だったし、地上に出ててから人間に襲われる心配は無くなったが兵舎から出る事は滅多にない。
ロヴォフとの一件もあり、ナマエ自身が自分一人で兵舎から出てしまう事を怖がっていたからだ。
だから執務で離れてしまった後でも、会おうと思えばすぐに手繰り寄せる様な簡単な作業だった。
ナマエの”お気に入りの場所”を見て回りながら、こんな風に誰かに声をかけていく。
兵士ではないナマエを皆んな気に掛けてくれているらしく、大抵すぐに「あそこに居ましたよ」と、微笑み混じりの返事を貰える。
はずなんだが・・・・
「あ、すみません・・・会ってませんね・・。」
今だに審議場での痛みを忘れられないらしく、顔も上げられないエレンは答えた。
「知らないはずがねえだろう。よく考えてみろ。何処かで見かけてるはずだ。」
そう言われても目の前の新入りはどうにも怯えが勝ってしまうらしく、きちんと頭を回せてるようには見えない。
「えっと」とか「その」とか、まるで時間稼ぎの台詞を呟くばかりの態度に苛立った。
「思い出せ。言っとくが適当なこと言って逃れるなんて事してくれたら・・分かってるな。」
見かけてすらいないなんて、あり得ないと思っている。
殺伐とした雰囲気の中で、一人違う空気感を纏っているナマエは視界の隅に入るだけで目立つ。
だからこんなにも大勢の奴が見かけてすらいないなんて、奇跡でも起こらないと無理だろう。
ナマエに誰にも見つからずに兵舎をウロつくなんて仕業が出来るとは思えない。
もうとっくに時刻は午後を回り、間も無く夕食が始まってしまう。
いい加減、限界だった。
夢から醒めたという実感が欲しい。
掴めない居場所を知りたい。存在を確かめたかった。
「あ!そ、そうだ兵長!ミケさん!ミケさんに聞いてみたら探せるはずです・・!」
「ほう・・・成る程、こんなに見つからないのは初めてで思いつかなかったが、悪くないアイデアだ。」
壁外のただっ広い更地でまだ姿の見えない巨人の来る方角まで感知出来る鼻のいいミケなら、兵舎の中にいるナマエの居場所など容易く感知出来るはずだ。
「よ、良かった・・ミケさんなら馬小屋でさっき会ったばかりなのできっとまだ馬小屋に・・・って兵長・・?」
ミケさんには悪いけど、これで地獄の取り調べから解放されるぞ・・!
安堵と歓喜に満ち溢れたエレンがようやく顔を上げた時にはもう、そこにリヴァイは居なかった。
「見つけた・・!ミケ!!」
「?どうしたリヴァイ、そんなに慌て「ナマエを探してくれ。」
食い気味に頼むリヴァイは珍しく取り乱した様子で、走って乱れたらしい前髪の下から俺を見上げていた。
そうは言われても・・・・。
一応、空気を吸い、感じとってみる。フリをする。
「リヴァイ、悪いがナマエの匂いは感じられない。」
すまないなと、長引く前に足早に立ち去るつもりだった。
だがこの男、やはりナマエに関しては人が変わるほどの執着を見せてくれる。
普段、少しの笑顔すら見せない仲間の人間臭い一面を見るのは好きだった。
リヴァイとナマエを遠目に眺めていると、想い合える相手がいるというのがどんなに幸せに溢れたことなのか体現出来る。
しかし今日は・・・・今日は困る。
まだ約束の時間まで、もう少しあるはずなのだ。
がっちりと、少し怖いと思う握力で捕まってしまった自分の手首を見やり、ごくりと生唾をのんだ。
俺は上手く逃げられるだろうか・・・。
「待て・・・それはどういう意味だ・・?」
「どういう意味とは、どういう意味だ。」
「・・この兵舎には、ナマエは居ないと、そういう意味か?」
上手く躱すつもりだった。
約束の時間まであともう少しだったし、これはリヴァイの為であるからだ。
でもリヴァイのカオを見て・・・もうこれ以上言い逃れ出来ないかもしれないと。探しているこの男の恋人の居場所を今すぐ話してやろうかと、気持ちが傾いてしまった。
いつも気丈な仲間の辛辣なその表情は、見ていてとても辛かったのだ。
それ程までに・・・・ナマエが大切なのか・・。
「おい・・何だそのツラは・・まさか、本当に居ないのか・・?」
「いや・・、」
答えを話し、ナマエを返そう。
そのための一息を吸い込んだ時だった。
「おーい!リヴァーイ!」
駆けて来るのはハンジだった。
「チッ、騒がしいやつめ。
おいミケ、どうなんだ、ハッキリしてくれ。」
「リヴァイ!探したよ!」
「俺はお前など探していない。俺が探してるのはナマエだ。少し黙ってろ。」
「そう!ナマエだよ!」
その名前に、見向きもしなかった眼光がハンジを見据える。
リヴァイの瞳から解放され、どっと身体が緩んだ。
まるで銃口を向けられているようだったと、今になって思う。
「・・なんだと・・?ナマエが居たのか?」
「ああ!リヴァイを探してるよ、早く行こう!」
そのまま走り始めた二人。
ハンジが振り向きざまに俺にウインクしたのを、兎に角ナマエの元へと急ぐリヴァイは気付いていないらしい。
リヴァイのナマエ探しの詰問を躱すのはかなりハードなものだったから、開始時刻をなんとかして早めたんだろう。
本当に、今日は色んなカオを見せてくれたな、リヴァイ。
さて、俺も向かうとするか。
きっと今から更に素敵な表情を見せてくれるだろうから。
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