みじかいゆめ | ナノ
兵士長の恋愛事情 @
リヴァイと最初に出会った日。私は後ろや周りをキョロキョロと用心しながら歩道を歩いていた。黒髪に黒い瞳の幼い顔。他のみんなとは違う肌の色の、東洋人丸出しな見た目の所為で、いかにも怪しげな悪い男達に着けられるのはよくある事だった。
あちこち買い物して回る余裕などなく、行くのはいつも馴染みのお店一軒だけ。
怪し気な気配はないか、そればかりを気にして、とにかく早く家に帰る事だけを考える。
私にとって外に出る事は、身を危険に晒す行為で他のみんなのように当たり前に出来る行為ではなかった。
「ブルーノさん、おはよう!」
「お!おはようナマエちゃん!
今日は調度ナマエちゃんの好きなベリーが沢山仕入れてあるよ!」
このお店が、唯一の買い物をするお店である。ここでの買い物が終われば、すぐに家にとんぼ返り。
それでも、このお店はとてもお気に入りで不満に思った事はない。このお店が好きだから、リスクの大きい買い物も楽しい。
見てみると、確かに並べられている果物の籠の中身はブルーベリーに始まり、ラズベリー、ブラックベリー、チェリー、ストロベリーと。色鮮やかな実が山盛りに盛られている。見ているだけで口の中に瑞々しいベリーの酸味と甘みが広がり、香りすら感じる景色である。
「まあ、素敵!ブルーノさんったら、だからこのお店に来るの辞められないのよね。」
うきうきとそれぞれの房を持ち上げ、買い物籠に入れていく。
このお店は野菜がメインなのだが、大男なブルーノ店主は意外にフルーツ好きらしく、フルーツも他の店より手広く扱っている。フルーツ好きとか、菜食主義者の集まるお店だ。
もはや買うべき野菜が目当てなのかフルーツが目当てなのかははっきりしてる。
「じゃあ、これくださいな。」
少しのジャガイモとビーンズ、そして山盛りのベリーが入った籠を手渡し、お金を払って買い物を終えようとした時だった。
「おい。」
聞き慣れない低い声に呼ばれ、自分が東洋人だという事を思い出してびくりと体を揺らす。
そっと隣を見ると、どこかで見たことがあるような男の人が私を睨んでいた。
「あの・・・私、何かしましたか?」
「あ?」
「いえ、だって・・・睨んでます、よね・・?」
それにしても、見覚えがある。
この顔睨み顔に覚えがあるという事は、前も何かこの人から怒られてしまったんだろうか。
もう少しで、思い出せそうな気がする。
あと少しで引っ張りだせそうな記憶を懸命にたぐっていると、顔を見つめる事に夢中になっていたらしく舌打ちされてしまった。
「別に睨んじゃいねえよ。いつもこういう顔だ。」
罰が悪そうに、ほんの少しだけ恥ずかしがる思春期の男の子みたいな仕草が、可愛いなと思った。
「ふふふ、そうなんですか?てっきり何かしちゃったのかと思っちゃいました。
それで、何かご用でしょうか?」
不思議と、怖いとか関わりたくないとかそういう否定的な印象は持たなかった。
眉間の皺も、睨んでるような瞳も、きつく結ばれた唇も、この人に似合っていると思った。この人らしくていいと。初めて会った相手に不思議な話なのだが、本当にそう思ったのだ。
私はこの男の人が気に入ってしまったと言えるだろう。
なんだかじゃれるように、からかいたくなる。笑わせてみたくなる。
「・・・てめえみたいな女は初めてだ。」
「え?」
「いや・・いい。
それより、あのいかにも闇商売の男達とは知り合いか?」
指の先を辿り、後ろを振り向くと弾かれたように逃げて行く二人の男達。
「あ・・・。いえ、違います。
おかしな話なんですけど、よくああやって狙われるんです。」
「そうか。ずっと尾けられていたから気になってな。」
「本当ですか!気づいていなかったので助かりました。ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた。
「お前は俺らとは違うようだが・・。」
「そうですね。東洋人なんです、私。」
「ああ、それでか。」と、納得した様子の男性が頷いた。
東洋人は高く売れる、という事を知っているんだろう。
「俺はてっきり、お前みたいに主食をベリーにすればそういう見た目になるのかと思った。」
視線の先には、山盛りのベリー達。
確かに主食のジャガイモを差し置いてすごい量である。
なんだか恥ずかしさが込み上げ、籠を抱くように身体に引き付けた。
そろりと目線を上げると、ジトリとこちらを見る視線と目が合う。
見つめ合ったまま何度かぱちくりと瞬きし、可笑しさがじわお腹から込み上げてきて始めはクスクスと。そして声を漏らして笑った。
ベリーの所為で見た目が変わると思ったなんて、やっぱりとっても面白い人なんだ、この人は。
笑われた事を不満そうに皺を深く刻んだ彼が、そうしながらも笑い終わるのを待っている。
「ふふっ、ごめんなさいね、可愛くて笑っちゃったんです。」
”可愛い”なんて言葉をかけられたのは初めてなんだろう。
さらに顔を強張らせ、驚愕している。
「あの、お名前聞いてもよろしいですか?」
「・・・てめえみたいな奴には教えたくない。」
まだ笑われた事を引きずっているらしく、ぷいっと顔を横に背けられてしまった。
「そんな、いいじゃないですか、教えてくださいよ。私はナマエ・ミョウジと申します。」
「・・・ふん。また来週、この時間にここに来る。じゃあな。」
「あ、ちょっと・・!」
結局名前は教えて貰えずに来週もここに来る、それだけを言い残して、その男性は歩いて行ってしまった。
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「っていう出会いだったよね、リヴァイ。覚えてる?」
すぐ隣で読書に勤しみながら身体をぴったりと寄せ、肩に腕を回して私の髪を弄ぶ彼。
「ニヤニヤしてやがると思ったらそんな事を考えてたのか。」
視線を本に落としたまま、リヴァイの唇が動く。
「あの時、どうして名前を教えてくれなかったの?」
すい、と上から下に視線が流れて、ゆっくりと私を見た。
「お前が気づいてなかったからだ。」
「 ? 」
「俺が調査兵団の兵士長だって事に、気づいてなかったろう。」
弄んでいた髪を掬い、唇を寄せる。
リヴァイはこうやって二人違う事をしていても触れ合っているのが好きだ。
「あ・・そうだね。私まだ気づいてなかった。でもリヴァイの事、見たことある気はしてたのよ?」
「そりゃそうだろ。壁外調査前は、どうしても大勢の民集の前で待機して顔を晒さねえといけねえからな。
名前を言ったら、さすがに気付かれると思った。」
「気づいちゃったら何か悪かったの?」
リヴァイが開いていた本を閉じ、サイドテーブルに置いた。
唇を寄せていた髪を手から滑らせ、頭のてっぺんから毛先まで流れて馴染ませる指が心地よい。
降りてきた手はそのまま私の肩の上で止まり、リヴァイが近づいて来るのが分かって瞼を下ろした。
唇の感触がして、そのままついばむ様に何度か離れては口付けた後、見つめ合う。
無表情にも見える、優しいリヴァイの瞳。
リヴァイの目が、私は大好きだ。
「兵士長だと分かったら、もう笑わせられない気がした。
またお前に、笑ってもらいたかった。」
ハンジさんやエレンは、なぜリヴァイと付き合えるのか分からないと言う。
一緒にいて怖くないか、虚しくならないかと訊かれる。
何故そう思うのかと私が聞き返してみると、無表情だし、言葉も乱暴だし、一緒にいて居心地が悪そうだから、と・・。
目の前のリヴァイの頬を両手で包む。
今、この胸に溢れかえる「愛おしい」という想いを込めて口付けを贈った。
リヴァイも応えてくれるように唇を動かしてくれる。
「私ね、とっても幸せよ?リヴァイが居るから。」
二人並んでいたソファに、いつの間にか組み敷かれている。
リヴァイの瞳が熱を持って切なげに私を見下ろす。
ほら、リヴァイはこんなに愛情深い人間なのに。
「俺もだ。ナマエ。」
おりてくるリヴァイの身体を抱き締めて、確かな愛と幸せを感じ合った。
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