みじかいゆめ | ナノ



痛みから始めよう C



訓練が始まる時間になっても現れないナマエを班員全員で探した。

今まで何も言わずに休むような事はなかったから不思議で、体調でも悪かったのかと心配もしてみたがナマエを見つけた時にその理由が分かった。


地面に丸くなって横たわり、目は閉じられている。
首に見えた赤い手跡に、血が逆流しそうな程の怒りを感じた。

すぐにあの野郎の顔が思い当たり、今までの散々の愚行に加えてのこの始末にどう落とし前をつけさせてやろうかと今すぐにでも男の元へ向かい、目の前に引きずり出したかったが、まず第一に目の前のナマエを運ぶのが先だろうと荒ぶる気持ちを落ち着かせる。

そっと土と体の間に手を差し込み、身体を持ち上げた。

ナマエは気づかず、瞳は閉じられたままだ。

頭を撫でると後頭部に膨らみも感じ、怒りを通り越して悲しくなった。

「・・・待ってろ。今医務室に運んでやる。」

傷ついた身体に謝る気持ちで、丁寧に大切に運んで行く。

こうなったおおよその検討はつく。
大方、別れ話を持ち出された奴が逆上したんだろう。

溜息が出るほどに、つくづく散々な野郎だ。

綺麗な布団に包まれて眠るナマエの目が開くのを待ちながら、まだ胸に疼いている苛立ちを抑えるのに必死になった。

俺がこの欲求に従っても、ナマエが喜ばない事は分かっている。
悲しませるような事はさせたくないんだ。


「・・・・へいちょう・・?」

しばらくすると小さな声が上がり、気がついた事を知らせる。

顔を覗き込むと、まだうっすらとした意識の瞳が曇った。

「・・・・あいつか。」

ナマエの顔が歪み、拳で口元を押さえた。

「・・・何か言われたのか。」

その問いにも答えられずに、ただ泣きそうな顔で首を横に振った。

こんな時もまだ泣かずに我慢しようとするナマエを見ていると辛くなって、そっと頭を撫でて頬に滑らせる。

「もう大丈夫だ。」

その言葉にやっと堪えていた涙を流して、口元を押さえていた手を握ってやるとすがりつくように握ってくれた。


「俺があいつと話をつける。」

「だめ、です、!私が、自分でっ!、」

「・・もうお前を傷つけられたくない。」

次にまたナマエを傷つけられてしまったら、
きっと殴り、蹴り上げて、自分の体が痛むのも構わずに男を痛めつけてやるだろう。俺の気が済むまで。
それに、もうこんな姿のナマエを見るのは懲り懲りだ。


「分かりました・・それじゃあ、わたしもっ一緒に・・!」

「本気か?怖いなら辞めとけ。殺しゃしねえから大丈夫だ。」

「怖い、です。でも、ちゃんと終わらせたいから・・。」


愛してたから、か。


ゆっくりと体を起こし、そっと床に足を着ける。

どんなに酷い相手でもきちんと向き合おうとする。
こいつは根っからそういう奴だし、だからあの男もこんな状況になっても尚ナマエに執着しているのかもしれない。

愚痴を零してみたり、ただ声が聞きたくてたわいも無い事を話しかけたり。そんなナマエの優しさに、皆んな甘えている。

俺だってそうだった。
あの日の帰りのようにナマエの手を引き、あいつの元へと向かう。

望むように綺麗に終らせてやりたい。
頼むから俺の前でふざけた真似をしないでくれと、男に願っていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「おい。兵長が呼んでるぞ。何かしたのか、お前。」

「え?・・・・はぁ。」


訓練中、上官に呼び止められた。
兵長が呼んでいる、という。

少し考えれば、思い当たる節があった。

ナマエだ。

さっそく兵長に泣きついたのかと、またじわじわと憎しみが滲み出て、あのいかにもゴロツキらしい男と対峙する事に怖じ気づいてもいる。

口止めしとけば良かったなと舌打ちが出た。

自分でも、最低な男だとつくづく思う。
こんな男なのだから、ナマエに逃げられるのも当然だ。

分かってはいるが・・・・それでもナマエになら許されるはずだと信じていた。

約束を取り消しても、記念日を忘れても、責められた事は一度もない。

・・・・なんでナマエは俺と付き合ってくれてたのかな・・。


兵長と、その後ろに隠れるように立ち、俯向くナマエが見える。

兵長の袖を掴んでいる震えた手に苛立った。


「お前だな。俺の部下を暴行してくれやがったのは。」

声の調子もいつも通りなのだが、やはり鋭い眼光から圧を感じる。
俺の部下と言いつつも、部下以上の感情が声にこもっているのはひしひしと伝わってくる。


「はい」と掠れた声が出た。


「ここで今すぐてめえを俺なりのやり方でボコボコにしてやってもいいんだが・・・こいつに止められているんでな。辞めといてやる。」

目配せした先には、俺を怖がって俯向くナマエ。

兵長の手が優しくナマエの背中を押し、おずおずと俺の前に立つ。

俺だってあんな風に、ナマエを支えてやってきたはずだった。

いつから、どこで間違えておかしくなり、自分もナマエの事も見失ってしまったんだろう。

このゴロツキだったらしい男の確かな優しさに守られるナマエを見ていると胸が痛い。

「・・・もう遅いよな・・。」

思わず言葉が零れて、ナマエが驚いて俺を見る。

「遅いんだよ・・。分かってるんだ。今更こんな事言ってもどうしようもないって。
俺も自分が分からない。また傷つける事になるかもしれない。いや、多分そうだ。ナマエを傷つける。優しすぎるんだよ、ナマエは。ナマエといると・・・・どんな我儘も許される気がして歯止めが利かなくなる。

ナマエが悪いんじゃない。
俺が悪いんだよ、全部。

さっきはごめんな。こうして謝れば多分ナマエはこんな俺を許すだろうけど、もう許さなくていい。」

包帯を巻かれた頭を撫でようとかざした手の平に怯えてナマエが首を竦める。

その姿が悲しくて悲しくて・・。
拒絶された手の平を握りしめて自分の元へと返す。

自分で蒔いた種なのに、本当にどうしてあんな事・・・・。
そんな事してもナマエは戻って来ないって、ちょっとでも考えるべきだった。
話を聞いてやるべきだった。

ナマエが想ってくれている十分の一にも満ていないんだろう。自分の感情も欲求も抑えられない青い子供は、ナマエと付き合うべきじゃなかったんだ。

目の前で拳に力を込めながらもナマエの意思を尊重し、必死に俺に手を出すまいと堪えているこちらの男の方が、ナマエを幸せに出来る。


「・・・もう、終わりにしよう。」


怯えながらも揺れる迷いのある瞳には気づかないフリをして、二人に背中を向けた。

あとは隣の男がなんとかしてくれるだろう。

今まで最低な恋人だった。最後くらい、ナマエの為になる事をして終わらせよう。

振り向きたい気持ちに従ってしまわないよう、遠い前だけを見つめて歩き続けた。

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