みじかいゆめ | ナノ



痛みからはじめよう@



どんな顔をして、”それ”を見ればいいのか分からなかった。


人混みの行き交う大通りから反れた、普通に歩くと肩を壁に擦り付けてしまいそうな狭い建物同士の通路に隠れて白昼堂々口付けを交わすカップルの、男の顔には確かに見覚えがあった。

そしてまさに、場所やタイミングは違えども、こうなる未来は何度も予感していた事だった。

自分の隣で、まさに呆然と立ち尽くす傷ついた横顔。
いつかクソと呼ぶにふさわしいあの男が、お前にそんな顔をさせるはずだと。


「・・・行くぞ。」

あまりにも悲しくてそのまま人混みに呑まれ、どこか遠くへ行ってしまいそうなナマエの手を捕まえてその光景から離れる。

こいつの身体は、こんなに軽かっただろうか。

魂を削がれた身体は空っぽになってしまったかの様にあやふやで、すれ違う人に擦られながらもひらひらと付いて来る。

取り敢えずあの光景から遠ざけようと歩き出したが、どうしたものか。
こんな時に連れて行くあてなど、何処にもない。


とにかく遠くへ。それだけを考え、ひたすら地に落ちかけの風船の様な気配のナマエを引き、足を動かしていると、「帰りたいです、兵長」とぽつりと小さな声が聞こえた。

振り向くと唇を噛み締めて俯きながらも、それでも泣かずに留まっているナマエがいる。


気丈な彼女は、信頼する俺の部下である。


そして、偽物の愛の元へ何も知らずに駆けて行く綺麗な後ろ姿を見るたびに、その細い手を引いてこの胸にしまい込み、その好意も、それが偽物だという事も全て忘れさせて、俺が心の底から偽りない幸せで満たしてやりたいと、もう長いこと焦がれている相手だった。

だからこうなってしまった事は、もしかしたら俺にとっては都合のいい展開へ転がってくる可能性が出てきたという事だし、この際少しくらい喜ぶべきなのかもしれないとは思う。

・・・だが・・・いざこの顔を目の前にしてしまうと・・・・、とてもそういう気持ちにはなれない。
同じように傷つき、同じように悲しく、胸が痛い。

惚れた女の悲しむ顔が、こんなにも辛いものだったとはな。


「帰ろう。」

言葉を確かめるように願いを反唱し、今度はしっかりと目的地を見据えて歩き出した。

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