みじかいゆめ | ナノ



甘くて 優しい



「ん・・・。」

布が擦れる小さな音に気がついて起きた。

目だけを薄っすら動かし開くと、リヴァイの鍛え上げられて引き締まった綺麗な背中と、白いシャツに腕を通すのが見える。


よく見ると、制服ではなく私物の白シャツである。

既に履き終えているズボンもいつものぴったりとした白い物ではなく、緩めのシルエットの黒いズボン。

どちらも上質な生地で、飾り気も色もない、リヴァイにとてもよく似合う、私も大好きな格好だった。

まだ夢見心地のふわふわとした霞みがかった頭で、”なぜリヴァイが私服に着替えているのか”について考える。

そういえば・・と。
昨日、あとは寝るだけ、という時にリヴァイに言われていた事を思い出した。

「明日は雑誌の撮影に行ってくる。」
そう急にぽつりと言われて唖然とした。


リヴァイ・・雑誌・・撮影・・・?


と、全く結びつかない三つの単語が頭をぐるぐると回って考えてみても、全く理解出来ない。

返事も出来ずに固まってしまった私をリヴァイは大体予想していたらしく、舌打ちをし、頭を掻きながら「仕事だ。」と付け加えた。


よくよく話を聞いてみると、貴族向けの女性雑誌があり、毎回話題の物や人が表紙を飾って女性達の気を惹くのだが、今回その話がリヴァイに来た、という事だった。言わずもがな、”人類最強の男”と文字が掲げられるだろう。夜会でもリヴァイは大人気で、それはもう引っ張りだこである。まさに雑誌の表紙に適役だが、問題はリヴァイである。

”貴族”、特に”貴族の女”が大嫌いでエルヴィンからそのワードが出ようものならその時点で「嫌だ」「無理だ」「他を当たれ」「俺は行かねえ」と、途端に駄々を捏ね始めるリヴァイが、なぜ雑誌の表紙なんぞ着飾った豚共の見世物になるような馬鹿らしくてクソでしかない仕事を了承したのか。準備しているこの時間ですら不服そうにしかめ面をしているというのに。

しかしやはり、我らが団長はリヴァイの扱いが上手かった。恋人の私より上手いかもしれない。

「これ以降のリヴァイの夜会の参加は、雑誌の反響も考慮して極力控える」から始まり、「安い物でも構わないならいつでも飲めるように紅茶の茶葉を常備する」「この成果から出た資金援助から、お礼に掃除道具を見直そう」
そして最後に、「リヴァイとナマエ、一日同日に非番の日をやる。」これでリヴァイは綺麗に、完全に落とされた。

リヴァイと同じ日に休みが貰えるなんて、付き合いだして一年経つが初めての事で私も飛んで跳ねて抱きついて喜んだ。

でも・・・・・。


「うううう〜っ。」

「何だ、起きてたのか。朝一で変な声上げるんじゃねえよ。」

「だって・・・リヴァイ、もう行くの・・・?」

「・・そうだが。」

シャツのボタンも全て締め終わり、あとは部屋を出て行くだけのリヴァイが困ったようにこちらを見下ろす。

喜んでおいて、実は昨日からこんな調子なのだ。

私だって、せっかく兵団資金の為に見世物になると腹を括ったリヴァイの足を引っ張りたくはない。休みだって貰えるのにあまりにも贅沢だ。

それでもいざ行ってしまうとなると、胸につかえるものがある。

ボスン、と枕に顔を埋め、「見てないうちに、もう行っていいよ。」と言った。

息が篭り、何も見えない。

リヴァイの気配に気を傾けていると、反対側に向かうはずの足音が近づいて来る。

やっぱりどうしたって、リヴァイは優しいのだ。

溜息をつき、面倒くさそうにしながらもベッドの横に腰を下ろし、私の顔のすぐ隣に手をかけて「何がそんなに気にくわない。言ってみろ。」と切り出した。

「だってリヴァイ、ただでさえ告白されっぱなしなのに・・これ以上それが増えたら・・・。」

「何だ、そんな事か。」と呆れた声が聞こえる。

「お前はそれで俺がどうにかなると思うのか?
お前以外にはロクに触れず、触れられるのも嫌な俺が。」

「・・・思わない・・です。」

ふん、と鼻で笑われて何も言えない。
本当におっしゃる通りなのだ。

「それにたかられてるのはてめえも同じだろうが。鈍すぎて気づいてないが。もっと自覚を持て。」

「いっ!」

コツンと小突かれて、なぜか私が叱られてしまった。

ギシ、とベッドのスプリングが軋んで、肩に置かれた手に不穏な気配を感じる。

「それに・・」と、不意に耳元で囁かれた甘く低い声にぞくりとした。


「昨日さんざん可愛がってやっただろう?」

ちゅ、と可愛い音を響かせて、唇は離れて行く。

私はもう耳が熱くて熱くて、そろりと顔を横に向けると隣には不敵に笑う恋人の顔。

「ずるいよリヴァイ・・。」

「てめえの扱いが上手いだけだ。」

わしわしと乱暴に頭を撫でて立ち上がり、扉に手をかけるリヴァイ。

「まだ眠ってろ。その方が余計な事を考えずにすむはずだ。

それに昨日は、加減してやれなかった。

お利口に待ってろよ。行ってくる。」

「行ってらっしゃい・・。」

赤い顔を半分だけ枕に埋めて、そっと発した見送りの言葉に満足そうに微笑んで、扉は閉まった。

リヴァイの余韻に浸り、口付けされて熱を持ってしまった耳を押さえて、助言通りもう少しだけ、このままの気持ちを抱いて眠ってしまう事にした。

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