予感は片隅に
「商品の取り消しの仕方はこれで完了なんだけど、大丈夫そうですか?」
「これをこう、で、こう?」
「そうそう。大丈夫みたいだね。」
「うん、何とか。メモもしたし大丈夫だと思う。ありがとうございます、有川せんぱい。」
よく言えばおそろいのエプロンを締め、花のように笑うのはさっき俺の人生二度目の告白を断ったヒトで。
女の子に告白するなんてのはまずあり得なくて。しかも5年離れてみても易々人の恋心を引き出しておいて。
まるで何も無かったように100点満点の笑顔を向けられるのは、正直堪えるものがある。
本当に俺のことなんか、眼中にないらしい。
残酷な結論を少しでも否定したくて、意義悪せずにはいられない。
「先輩さ、全然いつも通りだね。」
「ううん。緊張してるよ。こんな大きなスーパー地元に無かったじゃない?だから全然落ち着かないの。有川くんはすっかり馴染んでて凄いね。同じ出身には見えないなぁ。」
困らせてやろうとしたのに、返ってきた的はずれな答えは自分を更に気落ちさせるだけだった。
もうこのヒト、告白された事も忘れてんじゃないかって。
「違くて。
俺なんか取り繕ってるけど、フラれて頭ん中グチャグチャなのに。って事。」
胸の前で小さな握りこぶしを作る仕草を見つけてしまった。
「ああ、困った時のナマエ先輩の癖だ」なんて考えると曲げていたヘソなんか一気にどうでも良くなって、今すぐ弁解したい衝動に支配されてしまうから、フラれても相変わらず好きなのだと思い知るだけだった。
「冗談ですよ。虐めてすみません。
次は値引きのやり方しましょうか。まず商品を通して、それからタッチパネル操作でここを押しますよね。それからこの赤いボタンで次は値引き率を。」
「わわ!ちょっと待って〜!えっと。」
矢継ぎ早に説明すれば、聞き逃すまいと一生懸命に頷く横顔。
この扱いやすさも、ナマエ先輩の一つの魅力。
ふと目線が合えば、ほら。嫌味を言われた事なんかもうすっかり忘れて可愛い笑顔を見せてくれる。
「どうですか?」
「・・・うん!書けた!」
メモを覗き込むと、下手な似顔絵が何か喋っていて思わず吹き出した。
「ねえ、これってもしかして俺なの?」
顔の八割を眼鏡のレンズに占められて、左側に点と打ってある涙黒子の男の子。
ぷぷぷと指先に笑いを押し付ける俺を見て、不服そうにはにかむ姿は”先輩”には見えない。
ほんとにこのヒトは、背伸びしても届かないような大人の女性に魅せたり子供みたいに魅せたり俺を飽きさせてくれないんだから。
「そうだよっ。大事なこと喋ってくれてるの。」
「俺メガネかけてないよ?涙黒子だけは完璧だね。」
「・・こっちの方が先生みたいで緊張感が出るでしょう?覚えなきゃ!って。」
「先輩さ、眼鏡で画力誤魔化しただけでしょ。」
「・・・・ごめん。」
「いいですよ。何かそういうの嬉しいから。
そろそろ朝礼始まります。行きましょっか。」
たまに一人熱くなって必要以上に迫ってくる女の子に何回か出会った事があって、正直言うと疎ましかった。
でもいざ自分が追いかける立場になると分かる。
心をコントロールするのは難しくて、一度抱いてしまった好意はそうそう消せるものではない。
時には相手に望まれていないと理解し言い聞かせても、中毒者のように手を伸ばしてしまう。
俺が大事にしてあげるべき女の子は、そういう女の子だったのかもしれない。
「有川くん、無かった事になんてしてないからね。」
言葉を理解する前に隣を歩くナマエ先輩を見る。
先輩の視線はいつもよりやや下がり気味で、結んだ唇は震えている。
それを見てようやく気付いた。
俺はやっぱりまだまだ未熟で、あの日のように救われていると思いもせずに、歳下の癖に大人ぶるばかりで。
「・・うん。ありがとうございます。」
振る方もどうしたって傷付くのだと、そんな事も知らなかった。
少しくらい戸惑ってくれてもいいんじゃないか何て、贅沢で我儘で幼稚だったんだろう。
心に入れた棘丸の棘に痛い思いをしながらも静かに、吐き出してしまう事も無く少しずつ溶かして丸くしようと上手に隠してくれていたのに。
いつも通りに見えたのは、ナマエ先輩の気遣いだった。
やっぱりどうしたって、この人は先輩で俺なんかよりずっと大人で、無理をさせてしまうのだ。
「辞めてあげたいけど・・・無理そうだ。」
弱々しい呟きは殆どフロアを歩く二人の足音に紛れる。
きっとこの想いは報われないと予感していても、諦めようとは思えなかった。
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