幸福論(後編)

***

「ったくよー。ゴリラだってぶっ倒れる代物を重箱一杯食うとか自殺願望でもあんの?それとも人の誕生日を命日にするっつー嫌がらせ?」

宴会会場から離れた縁側で私を下した銀さんは、呆れたような目で私を見た。
どきどきとうるさい胸を押さえて、私は視線を宙へと彷徨わせる。
頭が状況についてきていなかった。
先ほどまで掴まれていた手首は、未だに熱を持っているようだ。

「だ、だって…下手に断るのもアレだし…」
「何のためのメガネだよ。長年アレ食わされて耐性のある新八にでも食わせときゃいいだろうが。」
「お妙さんも好意で言ってくれてるんだから。新八くんも精一杯フォローしようとしてくれてたし。」
「それで死人が出ちゃ意味ねーよ。誕生日会で殺人事件とかどんなサスペンスよ?だれが探偵役やんの?今日の主役が誰か知ってんの?」

俺ァ、蝶ネクタイ型変声機なんて持ってねーよ?
今のメンバーも十分カオスなのに真選組の連中が実況見分になんて来やがったらどうすんのよ。
だいたい誰を眠らせりゃいいわけ?
ぶつぶつと呟く銀さんに苦笑いを浮かべてしまった。
随分な言いようだ。
しかし、いつも通りのやる気のなさそうな声を聴くうちに少しずつ心音が落ち着いてくる。
先ほどの行為は、私が卒倒しないように気を配ってくれただけの行動だろう。
銀さんらしい、いつもの乱暴な気遣いだ。
肌寒い秋の夜風が火照った頬を程よく冷やしてくれたこともあり、私は落ち着きを取り戻せた。
正座の姿勢で一つ深呼吸し、心を鎮める。

「そんなことばっかり言って。みんな銀さんを祝うために集まってるんだから。」
「その割には主役が席を外してても勝手に大盛り上がりだけどな。」

投げやりな言葉にも関わらず、口調は柔らかい。
いつも通りの銀さんの横顔を眺めながら、今度は自分に向けて苦笑した。
1人で焦って、ドキドキして。
私は空回ってばかりだ。

「ちゃんと誰が主役かなんてわかってるよ。はい。誕生日プレゼント。」

懐に収めていたご祝儀袋を銀さんへ差し出した。

「なにそれ?」
「だから誕生日プレゼント。誕生日おめでとう。」

紅葉が舞う和紙で折られた紙袋を受け取り、訝しげな眼でそれを眺めていた銀さんは突然目を見開いた。

「金か!?」
「そんなわけないでしょ。孫へのプレゼントが思いつかないおばあちゃんじゃあるまいし。誕生日に現金送るなんてありえないでしょ。」

…少し考えなかったわけでもない。
万年金欠、家賃滞納がデフォルトの銀さんにとって、現金のプレゼントが一番喜ぶだろうと考えてしまったのは致し方ないことだと思う。

「んだよー。期待させやがってよー。」

一瞬煌めいた目もすぐにいつもどおりの死んだ魚のような目に戻った。
びりびりと雑な手つきで封を開け始める。
そのご祝儀袋1枚を選ぶために、1時間も小物問屋で悩んだ乙女心など絶対にわからないに違いない。

「ホテルバイキングご招待券…?」
「そ。和洋折衷で品数も豊富だから神楽ちゃん連れて行っても心配ないくらいボリュームあるみたいだよ。」

最近ターミナルの近くにできたそのホテルビュッフェは、よくある格安焼肉バイキングよりも洒落たメニューが多く、それでいて肩ひじ張った雰囲気のないところがウケて若者に人気があるという。
開店記念で販売されたファミリー招待券が銀さんへの誕生日プレゼントだ。
考えに考え抜いた結果、私が選んだものは"銀さんが家族で楽しめるもの"だった。

「6人まで使えるから、みんなで行っておいでよ。」
「みんな?」
「銀さんに神楽ちゃん、新八くん、お妙さん。それから、お登勢さんとキャサリンさん。たまさんは食べないから人数に含まれないし、オイル持参で。」

事前にからくりも入場可能か確認済みだ。
ファミリー招待券らしく、銀さんの家族全員が行けるようにその辺りはきちんとリサーチしておいた。

「なんだよー。俺の誕生日プレゼントって割には他の連中の方がいい思いしてね?特に神楽とか。俺以上に食うだろうし、あいつのためのプレゼントじゃねえか。」
「エンゲル係数が異常な万事屋さんにはぴったりなプレゼントでしょ?」
「まあ確かに、1食浮くだけでだいぶ違うけどなー。」

なんだかんだでケチをつけてくるだろうことは予測していた。
そして、それが単なる照れ隠しだということも十分承知している。
だから私も、横暴な銀さんの台詞を聞きながら笑顔を浮かべてしまう。
”家族”の話を嬉しそうにする銀さんにこちらまで幸せな気分になれるのだ。
私は自分の選択が間違っていないことを確信した。
手編みのマフラーも手袋もいらない。
私の想いを伝えるためのプレゼントよりも、銀さんが笑顔になれるプレゼントが何より私を幸せにしてくれるのだから。

「つーかよ。なんで6人なのよ?7人招待券とかねえの?」
「え?7人用もあったけど…他にも連れて行きたい人いたの?」
「わかんねーの?」

先ほどまでの気怠げな表情から一変し、銀さんは悪戯を思いついた子供のような顔になった。
胡坐をかいた膝に肘をつき、掌に顎を乗せた銀さんがにやにやとこちらを見る。
背中の丸まったその姿勢のせいで、下から覗き込んでくるような形となっている。
上目遣いのその視線に、どきりとまた胸が弾んだ。

「もう一人、大事な家族がいるんだけど。」
「…さっちゃん?」
「ストーカーが家族ってやばくね?」
「だって気が付いたら万事屋の天井裏にいるし、住んでるようなものでしょ。」
「不法侵入されてるだけだっての。滞在許可出した覚えなんてねーよ。」
「じゃあ長谷川さんだ。」
「あー確かに勝手にウチに来て冷蔵庫漁ったり押入れで寝てたりするしなー…ってそれも許可した覚えねーよ。たかりに来るためだけに滞在するおっさんが家族とかねーよ。」

ほら他は?
底意地の悪そうな笑みを浮かべた銀さんに、言葉が詰まる。
自分に都合のよい妄想をしてしまいそうだ。
願望が口を衝いて出そうになる。
私は必死に銀さんの家族を思い浮かべた。

「えっと…月詠さんとか晴太くんとか日輪さんとか。」
「あいつらはあの3人で1つの家族だろ。よそんちだ。」
「じゃあ…。」

どきどきと心臓がうるさい。
声が震えそうになるのを、手を握り込むことで抑えようとした。
…期待しても、いいのだろうか。

「いるだろ?大切な奴が。」
「だ、誰?」

聞こえるのは、庭から聞こえる虫の音と自分の心音と銀さんの低い笑い声。
見慣れた着物に包まれた自分の膝を見つめていたのに、視界に入りこんできたのは銀糸と煌めく眼差し。
くつくつと笑いながら、俯く私の顔と膝の間に頭を差し入れてきた。
顔の真下から覗き込まれ、至近距離で重なる視線に息が詰まる。
薄い唇がゆっくりと開かれた。

「定春。」
「…え?」

心底楽しそうな笑みを満面に浮かべた銀さんが、定春、ともう一度繰り返した。

「坂田家の食費を圧迫してるのは胃袋拡張娘とあのデカワンコだからなー。あいつこそ食べ放題とかで食えるだけ食わせとく必要あるんだよ。ペット入店禁止でも天人って言い張ればあいつも入れるんじゃね?」
「…はあ!?」

ぱくぱくと酸欠の金魚みたいに口を開け閉めしてしまった。
定春?
定春ってペットの定春?
確かにペットも家族の一員だけれども。
万事屋の一員だけれども!
先ほどまでとは違う意味で頬が熱くなる。

「あれェ?●●ちゃん顔が真っ赤だけどどうしたのォ?」

言葉が続かない。
イヤらしい笑みを浮かべる銀さんに殺意が芽生えた。
目前の銀髪を思い切り払いのける。

「いってーな、何すんだよ。あ、もしかして『大切な奴って私のこと?』とか思っちゃった?銀さんの家族の一員かもって喜んじゃったりしたァ?」
「な、な…!」

わなわなと全身が震える。
図星を衝かれたことももちろん恥ずかしいが、何よりもこの男の掌で転がされたことが悔しかった。
わかってて持って回った言い方をしたのだろう、この男は。
サディスティックな笑みを見ればわかる。
私の期待する気持ちを弄んだのだ、この男は…!

「銀さんは犬を1人2人と数えるのね!知らなかったわ!」
「そうだよォ?愛犬家ってのは犬も家族だからちゃーんと家族の一員としてカウントするんですよー?」
「愛犬家なら、犬の身体のことを考えてドッグフード以外の食べ物を与えない方がいいんじゃない!?」

勢いよく立ち上がり銀さんへ背を向ける。
恥ずかしすぎる。
まんまと踊らされた自分も、この関係を変えられるんじゃないかと期待した自分も。
気持ちを伝えてもいいんじゃないかと舞い上がってしまった自分も。
泣き出したいくらい恥ずかしい。

「あらァ? ●●ちゃん、なーに怒っちゃってんの?大事な家族をカウントしてくれなかった銀さんの方がショックなんですけどォ?」
「大事な家族なら1人分くらいお金出して連れて行ってあげればいいでしょ!」

どすどすとわざと荒い足音を立てて銀さんから離れた。
いろんな感情が高ぶりすぎて叫びだしたかった。
どうしてこんな男を好きになってしまったのか。
どうしてこんな扱いを受けても嫌いになれないのか。
絡み合う理性と感情に苦しくなった。
今すぐこの場から消えてしまいたい。

「そーさなァ。7人で割り勘すれば1人分なんて大したことねーしな。」

怒っているというアピールをこれだけしているのにも関わらず、銀さんはまだ話を続けようとする。
もう、勘弁してほしい。
これ以上私をどう辱めるつもりなのか。

「じゃあ、来週の土曜日11時半に万事屋に集合な。」
「…は?」

足を止めてしまった。
突然の投げかけに眉間に皺を寄せて振り返ってしまう。
血が上ったままの頭では、かけられた言葉の意味を汲み取れない。

「1人分くらい金出せって言ったのはオメーだろうが。」
「は?だから定春の分はみんなで…」
「遅刻したら置いていくからなー。」

月明かりと座敷から届く明かりだけの縁側では、逆光のせいで銀さんの表情は伺えない。
その声音はいつも通りの気怠げなもので、天気の話をする時となんら変わりなかった。
言うだけ言うと、銀さんは賑わう座敷へと戻って行く。

おい神楽ァ!主役を差し置いて勝手にケーキ食ってんじゃねーよ!

誕生日ケーキに神楽ちゃんが手を付けようとしていたらしく、慌てたような銀さんの叫び声が響いた。
いつも通りのやる気のなさそうな低い声が、喧騒に飲まれていく。
虫たちの大合唱が再び縁側に響き渡った。
ドキドキと騒ぎ始める心臓に息苦しくなる。


…なによ。
どういうことなのよ。
何が言いたいのよ。

返答の返ってこない問いかけが口の中で暴れまわる。
一人取り残された私は、その場にへなへなと座り込んでしまった。
必死に彼が楽しんでくれるように、"友人"としてできることを考えて。
卒倒してでも宴会を続けられるよう覚悟を決めても、無理矢理止められて。
気を持たせるような態度に舞い上がっていたら、突き放されて。
終いには、曖昧な言葉で引っ掻き回して放置されて。
私は、緩む口元を必死に抑えた。

今度こそ期待していいの?
私の都合よく解釈していいの?

呟きは夜風に流された。
きっと私の顔は、また真っ赤になっているに違いない。
掴まれた右手、抱きこまれた腰、肩に担がれ圧迫された腹部。
先ほど銀さんと触れ合った全ての部位が、再び熱を持ってくるようだった。
今日一日で、私の心臓は働き過ぎた。

からかわれただけでもいい。
勘違いでもいい。

私は先ほどまでとはまるで違う感情の高ぶりを覚えた。
泣き出したくなるような、叫びだしたくなるような気持ちを持て余しつつも、それでいいと思えた。

今日の主役を差し置いて、私は誰よりも幸せな気持ちになってしまったのだから。
だから今だけは、都合の良い期待に酔っていたい。




ぎりぎり10月10日に間に合った…!
銀さん誕生日おめでとう!

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