幸福論(前編)

異性への誕生日プレゼントというものは、とても難しい。

相手が家族や恋人であるのならば何の問題はないが、”ただの友人”でしかない女が男性へプレゼントを選ぶという行為は、選択を誤ると大惨事を招きかねない。
アクセサリー等の直接身に着けるものは”ただの女友達”が贈るには少々重すぎるし、雑貨類は彼の私生活や嗜好を把握していなければゴミになる。
後々形として残らない食べ物ならばどうかといえば、糖尿病予備軍という彼の偏食癖が立ちふさがる。
彼が喜ぶ食べ物と言えば甘味であることは間違いないが、私が彼のことをただの”友人”として捉えていないため、彼の血糖値が上がる食べ物を進んで献上する気にはなれないのだ。

私にとって、彼―――坂田銀時は、ただの友人ではない。

銀さんにとって、私はかぶき町中にいる知人の一人に過ぎないが、私にとってはたった1人の”想い人”だ。
好きな人の身体のことを思えば、砂糖の塊を送るのは気が引ける。
糖分以外に銀さんが好むものといえば酒も候補に挙がったが、酒だってプリン体だの糖質だの身体によろしくないものが多く含まれている。
ましてや、彼は公園にたむろするホームレスから地下都市・吉原にまで顔の利く男だ。
私が送った酒で私以外の女と酒盛りなどされた日には、嫉妬で狂ってしまうかもしれない。やきもちをやく権利などないとわかっていても。
こうして考えていくと、"ただの女友達"でしかない私が好きな人へ贈れるプレゼントなど存在しないような気さえしてくる。
いっそのこと1グラム1万円の希少糖で作られたカロリーゼロの飴玉でも贈ろうかと、半ば自暴自棄になってきていた。
しかし、そこへ折よく救いの手が差し伸べられた。

神楽ちゃんと新八くんから、銀さんの誕生日パーティーに招かれたのである。

***

銀さんの誕生日パーティーをするから、そのための料理を作ってほしい。
それが2人からの依頼だった。
パーティーとは言うが要するにいつも通りの飲み会となるのであろう。
飲めや歌えやの馬鹿騒ぎになることは目に見えている。
しかし、居酒屋を予約するでもなく、スナックお登勢を貸し切るわけでもなく、なぜ今回に限って私が調理要員として抜擢されたのか。
その理由は、準備のために訪れた志村家の調理場で発覚する。

「あら、●●さん。●●さんも新ちゃんたちにお料理係を頼まれたの?」

桃色の着物をたすき掛けし、笑顔で包丁を握るお妙さんを見た時、私は自分に課せられた本来の使命を悟った。

***

「お、お妙さん!やっぱりここは各自得意な料理を作っていくのが一番だと思う!」

宴会を盛り上げるための食事作り…それはすなわち”死人を出さないための下ごしらえ”だ。
神楽ちゃんと新八くんが主催であるパーティである以上、彼らにとって銀さん以外に最も身近な年長者はお妙さんとなる。
心優しい彼女は、弟たちの相談に親身になって応じたに違いない。
そして、最も手間のかかる料理作りを自ら請け負ったのだろう。
…だが、それがこの企画の最大の障害となってしまった。

「そうね。献立は特に決めていないし、私たちが一番自信のある料理でおもてなしするのが一番美味しく仕上がるわね。」
「う、うん!だからお妙さんは卵料理担当で!私はお肉料理を作るね!」

あっさり了承してくれたお妙さんに、密かに安堵のため息をついた。
誕生日ケーキは神楽ちゃんたちが調達してくることになっている。
ならばメインディッシュとなる肉料理を安全圏に避難させ、副菜をあきらめることで被害を最小限に抑えるしかない。
新かぶき町四天王を封じる力など、到底持ち合わせていない私が取り得る最善の策であった。
そして何よりも、料理で皆をもてなしたいというお妙さんの気持ちを無下にすることができなかった。
多少なりとも料理の心得のある身としては、自分が作った食事が誰にも望まれていないという事態は非常に傷付くし、女のプライドにも関わる。
彼女の意思を尊重し、なおかつ皆の胃袋を守るためには、お妙さんが卵料理―――銀さんいわくダークマター―――を作っている間に、どれだけ多くの”安全な”料理を作れるかが鍵となるだろう。

「ふふふ…。ずいぶん張り切っているのね。●●さん。」

無表情を装いながら内心大慌てで下ごしらえを始める私を見て、お妙さんは綺麗に笑った。
どうやら私の失礼な策略になど気付いていないようだ。

「え!?ま、まあ、神楽ちゃんと新八くんに直々に頼まれたんだし必死だよ!」

一歩間違えれば死人が出かねないし。
口に出せない本音を飲み下し、慌てて取り繕う。

「本当にそれだけかしら?」

意味深な笑みを浮かべるお妙さんに、どきりと心臓が高鳴った。

「き、今日はたくさん人が集まるし、いろんな人に食べてもらうんだから気合いも入るよ。みんなが楽しめるようなお酒のおつまみも作らないといけないし…」
「”銀さんが”楽しめるように、でしょう?」

しどろもどろに建前を並べる私を、お妙さんはばっさりと切り捨てた。

「え!?それは、まあ、今日の主役は銀さんだし…」
「●●さんも頑固ねぇ…。そんなに必死に隠さなくてもいいじゃない。」

含みを持たせた言い方をするお妙さんに引きつった笑いを浮かべていると、わざとらしいため息をつかれた。
その口元は、笑みの形を保ったままだ。

「誕生日プレゼントは用意しているの?」
「一応は…。」
「何を用意したの?手編みのマフラー?手編みの手袋?手編みの腹巻?」
「なんで手編み限定なの…」

しかも腹巻ってなんだ。
確かに銀さんに似合いそうだけど、まだ20代にも関わらずおっさん呼ばわりされることが多々ある彼にとって嫌がらせ以外の何物でもない。

「新八くんみたいなうぶな子ならともかく、銀さんくらいの歳の男の人が手編みのプレゼントなんて貰っても絶対喜ばないでしょ。」
「そんなことないわよ。普段からモテないモテないって嘆いているマダオなんだから、そういう女の子らしいプレゼントに飢えてると思うわ。」
「えー…そんなピュアな気持ちまだ持ち合わせているかなあ?むしろ誕生日にかこつけて1円でも高価なものを強請る中学生みたいなあざとさなら持ってそうだけど。」
「…●●さん、本当に銀さんのこと好きなの?」

手編みのプレゼントで喜ぶような純情さなど銀さんが持ち合わせているわけがない、と断定するとお妙さんが再びため息を吐いた。
野菜を刻んでいた手を止めてしまう。

「は!?べ、別に!?私、銀さんが好きなんて1度も言ったことないけど!?」

思わず、包丁を握る手に力が籠った。
乱切りの予定がみじん切りになっていく野菜たち。

「そんなに動揺していたら誰だってわかるわ。●●さん、銀さんのこと好きなんでしょう?」
「…。」

頷くことはできなかった。
ここで素直に認めてしまえば、世話好きのお妙さんは私と銀さんの仲を取り持とうと気を使ってくれるのかもしれない。
しかし、そうやって誰かのフォローをもらったとしても、銀さんとの仲が深まるとはとても思えなかった。
自分に自信というものが持てなかったし、何より銀さんが私のことを女として意識していないことを常々感じているのだ。
振り向いてはくれない人を追いかけて、それを周りに冷やかされることがどれだけ息苦しいことか。
周りに相談を持ちかけて悩みを抱えることさえもトキメキに繋がるような無邪気な少女時代を終えてしまった私にとって、この恋は半ば悪あがきに近いのである。
手ごたえのない相手に迫れるほど強い心を持てず、あっさりとあきらめてしまえるほど潔くもない。
ならばせめて、”友人”の枠組みの中で距離を縮めたい。
そんな小賢しい守りに徹する私の思惑など、現役キャバ嬢とはいえまだ年若いお妙さんには理解できないだろう。

「ねえ、●●さん。せっかくのチャンスなんだから今日は素直に銀さんにアピールしてみたら?」
「…。」
「銀さんも喜ぶと思うわよ?女の子が自分のために料理を作ってくれて、プレゼントを用意してくれている。そんなシチュエーションを喜ばない男の人はいないわ。」
「…。」

とても18歳には見えない包容力のある笑顔を浮かべてお妙さんは言った。
これがナンバー1キャバ嬢の魅力なのだろうか。
私は、自分では決して持てない輝きに目を細め、意を決して口を開いた。

「…お妙さん。」
「決心はついた?」
「フライパンが燃えています。」

あらやだ大変。
のんびりと言いながら炎に包まれたフライパンをシンクに放り投げ、蛇口をひねるお妙さんを見つめる。
こうして”可哀そうな卵”が生まれるのか。
私は異臭を放つフライパンを眺めながらぼんやりと思った。

***

当初の想定通り、誕生日パーティーは盛大な飲み会となった。
万事屋にスナックお登勢、柳生家、元御庭番衆、吉原の面々。
攘夷志士の桂さんと真選組局長の近藤さんが鉢合わせてひと悶着あったこと以外は、いつも通りのメンバーでの馬鹿騒ぎだ。
志村家で開催されたため、長谷川さんを始めとしたホームレスの皆さんも入り混じり何の会だかわからなくなりつつあったが、それでもあちらこちらで笑い声の上がるいい宴会だと思った。

「●●さん。今日は準備ありがとうございました。」

楽しそうに酒を酌み交わす人たちを眺めていると、新八くんに声をかけられた。

「こちらこそ誘ってくれてありがとう。みんな楽しそうでよかったわ。」
「はい、銀さんもなんだかんだで楽しんでくれてるみたいですし、●●さんのおかげです。」
「大したことはしてないよ。」
「何言ってるんですか!この大人数の宴会料理を1人で作ってくれたんです。1番の功労者ですよ。」
「えーっと…1人では作ってないよ?」
「…姉上の料理の腕前は僕が1番よく知っています。あの姉上と一緒に台所に立って、これだけ平穏なメニューが並ぶなんて奇跡ですよ。●●さんのおかげです。」

実感のこもった言葉に愛想笑いを浮かべる事しかできない。
事実、お妙さんには”卵焼き”にだけ集中してもらえるようにあれこれ小細工を重ね、被害を1点に集中させた。
その失礼極まりない策略へ気を配りすぎて、ぐったりと気疲れしてしまったことなど心優しい弟君に話すことはできない。

「卵焼きは九兵衛さんと近藤さんが取り合ってくれています。死人は出ませんよ。」
「あら、新ちゃん。卵焼きがどうしたの?」

これで一安心です!とこぶしを握る新八くんの背後から、お妙さんの爽やかな笑顔が現れた。
私と新八くんは、同時に肩を跳ね上げさせる。

「え!?あ、いや、なんでもないですよ!?美味しそうな料理がたくさん並んでいるって話を●●さんとしていただけで!」
「ふふ。ありがとう新ちゃん。卵焼きならちゃんと新ちゃんたちの分も取っておいてあるわよ。」

心底嬉しそうな笑顔を浮かべるお妙さんに対し、新八くんの表情が瞬時に凍りついた。
私も思わず息をのんでお妙さんの手元へ視線をやる。
黒の重箱の中に詰められた、漆よりも更に深い黒色の物体が形容しがたい臭気を放っていた。

「べ、別に僕たちはいつでも食べられるし、大丈夫ですよ。九兵衛さんたちに食べさせてあげてください!」
「あの2人はお腹一杯になって横になっているわ。」

もう、お行儀が悪いんだから。
お妙さんが指し示す方へ視線をやると、白目を剥いた九兵衛さんと近藤さんが仲良く床に転がっていた。
2人の愛の力を以ってしても抗えない威力を持つ”卵焼き”。
新八くんと顔を見合わせた。

「…誰かが…手を振っている…あれは母上…?」
「…あれは武州の…定食屋のおばちゃん…」

よだれを垂らしながらブツブツと呟く2人に背筋が寒くなった。
愛する人の料理で花畑の幻影を見るというのは、もしかしたら幸せなことなのかもしれないが。
しかし、今日は銀さんの誕生日会だ。
新八くんは銀さんにとって大切な家族で、この宴会に招かれた人たちは全員銀さんの仲間で。
そんな人たちを誕生日会の最中に失神させていいわけがない。
私は、一つ深呼吸した。
覚悟を決める。

「あ、ありがとうお妙さん!じゃあ、私が全部いただくね!」
「え!●●さん!?」

新八くんがぎょっとした顔で叫んだ。
しかし、これしかないと私は思った。
銀さんはもちろん、彼の家族、友人たちに死線を彷徨わせるわけにはいかない。
もちろん、お妙さんも傷付けるわけにはいかない。
銀さんと、彼が大切に思う人たち皆の心の平穏を保つことこそ、この誕生日パーティーにおける必要十分条件なのだから。

「無理です!●●さん死んじゃいますよ!一口で失神なんですから、重箱一杯の量は致死量ですよ!」
「新ちゃん?どういう意味かしら?」
「あ、えー…その…」

しどろもどろになりながら目を泳がす新八くんを見て、私は腹を括った。
後の片づけは新八くんに任せればいい。
近くのテーブルの上にあった割り箸を掴んだ。

「い、いただきます!」
「ダメです!●●さん!!」

新八くんの絶叫を聞きながら、私は卵焼きを箸で摘む。
目を瞑り、一思いに卵焼きを口の中へ放り込もう…とした。

「おい。人のお誕生日会で自殺とかすんじゃねーよ。」

口元へ運ぼうとしていた右腕を掴まれた。
予期せぬ衝撃に箸で挟まれていた卵焼きが落下する。
畳の上でぐちゃりと形を崩すそれを目で追っていると、腹部に圧迫感を感じた。
私の腰を抱き込むように回された波模様の袖を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

「おい新八ィ。自殺幇助は立派な犯罪だよ?俺の誕生日ぱーちーと見せかけて実は公開自殺ショーとかやりたかったわけ?」
「あら銀さん。それはどういうことかしら?」

銀さんに背後から抱きかかえられている自分の状態を認識し、一気に頬が熱くなった。
背中に銀さんの厚い胸板が当たっている。
加速していく心拍音に気付かれないか不安になった。

「そりゃあ、まあ、アレだよ。アレ。なあ、新八くん?」
「どういう丸投げの仕方ですか!フォローして欲しいなら火に油を注ぐような真似しないでくださいよ!」

力強く掴まれたままの右の手首が大げさに脈打っている。
卵焼きはとっくに箸をすり抜けてしまったというのに、相変わらず銀さんは私の手を押さえたままだ。
まだ、私が”自殺”しようとしていると思っているのだろうか。

「ダークマターのヤバさはオメーが一番よくわかってんだろ、新八ィ。これを食って育っちまった眼鏡なんだからよォ。人類に被害が出ねえように見張っとけよ。」
「育った眼鏡って何ですか!大体食べるごとに耐性がつく代物なら、今頃近藤さんたちが完食してますよ!」

お妙さんたちの会話はまるで頭に入ってこなかった。
銀さんが口を開くたびに耳をくすぐる吐息の方が気になって仕方がない。
酒の入った甘ったるい息と、わずかに香る汗の匂いに頭がくらくらしてくる。
アルコール類は一切摂取していないのに、酔いがまわったような酩酊感を覚えた。

「新ちゃんも銀さんもさっきから何が言いたいのかしら?はっきり言ってごらんなさい?」
「あー…アレだ。な?新八。」
「だからもう少しフォローしやすいパスを出してくださいよ!」

腹部に回された腕に力が込められた。
よっこいしょ、と耳元でおっさん臭い掛け声を囁かれる。

「こいつ借りるから。新八、後は任せた!」

ふわりと身体が宙に浮いた。
そのまま銀さんの肩に担がれる。
目を見開いた新八くんと氷の笑みを浮かべたお妙さんを見下ろす形となった。
銀さんの硬い肩が鳩尾を圧迫して痛い。
しかし、志村姉弟の視線はもっと痛い。

「え!?な、なに!?」

私を米俵のように担いだまま、銀さんは走り出した。





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