道化と偽王02
「見つけましたよ、先輩。交通整理さぼって何してるんですか」
怒気と呆れを含んだ同僚の声に、男は頭を抱えた。
「参ったな、もう見つかったか。どうせ他部署の手伝いなんだ。ちょっとくらい、いいじゃないか。俺は歩行者の誘導より消防隊の奴らみたいに葡萄酒の樽満載の車曳いて行進に混ざってる方がいい。楽隊と一緒に行進してる旅の劇団が投げてくれる菓子を貰いにいきたい」
「はいはい。とにかく休憩は終わりです。仕事に戻ってください。僕らは警察なんですから諦めてください」
「だいたい、今年は人手が多すぎだろ。いつもはこんなにいないじゃないか」
男のぼやきは途切れることがない。同僚はかすかに眉根を寄せてみせた。
「今年は特殊なんです。祝祭で燃やされるのは人形ではない。先輩もご存知でしょう」
くたびれた白い外套の尻を叩きながら、男は億劫そうに立ち上がる。
「寒いのにな。物好きなことだ」
腰に手を当てて背筋を伸ばした男が、一段高いところに立っている同僚を仰ぐ。街並みから突き出た教会の尖塔の麓、街の中央たる広場に繋がる道の、広場とは逆の方角を見つめる同僚に、上体を反らしたまま男は声を投げた。
「どうした?」
「こっちに歩いてくる商人の仮装のひと、六人目の子のお母さんじゃないですか」
直立に姿勢を戻しながら、男は同僚の目線を追った。
「男だろ。貧弱で、背の低い。マントの裾、ひきずりそうじゃないか」
「違いますって。仮面で顔立ちの上半分が判らなくたって、僕、何度もお会いしてるんですよ。それに、いくら仮装してるからって、男性と女性は間違いません」
断言という自信に、呆れと感心とを滲ませながら男は肩をすくめる。その間にも、商人に擬した何者かは男と同僚の方へと人ごみを流れてきた。
薄絹のような陽光が、人の手によって造られた街を輝かせる。歓声と楽の音が近づいてくる。道端に潜んでいた白の外套に、商人が気がついた。雑踏に流されるまま歩を進めながら、商人は鼻の誇張された仮面に手を掛ける。建造物の隙間たる隘路は地の祝祭と天の青空を細長く切り取る。鈴の音が青空を裂いていく。花に飾られた豊穣が、車輪のついた船が、大通りを曳かれていく。人々が船に硬貨を投げこむ。座るもののいない椅子の周囲を跳ねる役者たちが、種を蒔くように菓子を撒く。仮面を外した商人が、白に顔を向け、艶やかに微笑む。咲き乱れた微笑の背後を、祝祭の行進が横切っていく。仮面を戻した商人は、袖の襞を揺らしながら、白に背を向ける。陽気な行進を追うように、商人は異装の海に紛れていく。天上に声をあげるように尖塔を突き上げる教会の鐘楼は、喉を嗄らすように、鐘の音を響かせ続ける。
<道化と偽王 抜粋2>
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