狗吠03



 晩秋のある夜、私は白犬を連れ出した。星辰は天を埋め、葉を落とした木々の隙間を縫い、山をのぼる私たちに夜気の棘が巻きついた。ころがりおちてきた星影が、落ち葉のかたちをした霜を艶めかせた。日中であれば踏みしめる硬さをやわらげるであろう弾力は、夜にあっては土とともに凍っていた。白犬は枝葉にまみれながらもなんとか私の後をついてきていたが、霜を踏みしめるちいさな足の裏は、寒さと枯草のもたらした裂傷に腫れあがっているようだった。

「もうすこしだ」

 のぼりかけていた坂をおり、うずくまっている白犬に手をさしのべた。氷の流れのような毛並みの隙間から、琥珀の目が覗く。疲労に息を荒らげている白犬は、鼻の頭も頬も耳も真っ赤になっていて、高熱に喘いでいるようにも見えた。

「もうすこし」

 白犬の脇の下に腕をいれ、華奢なからだを立たせてやる。

「ほら、こっちにおいで」

 星海に漣がたち、白の毛並みがひろがった。山をのぼった先の滝壷で、白犬が身を沈める。しばらくして顔を出した白犬は、衣も毛並みも濡れそぼち、よろめくように浅い水底を踏みしめた。常よりひとまわりもふたまわりもちいさなその様は、ひどく頼りない。緩慢にしか歩めない水の中を、漂うように進む。白犬の背後に辿り着き、胸よりも低いところにあるその頭を見下ろした。水に隠したままの右手に力を籠める。

「そうか、あなたが」

 白犬が私を見あげた。琥珀の目が諒解に蕩けた。

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