The tail of Merrow 02


 集落へと続く道の際にある崖で、女は水平線に沈みゆく太陽を見つめていた。
 水平線は黄金に染まり、夜は天頂より降りてくる。空と海の境目は霞んでいて、姿を隠した太陽の残滓が、朱金の煌きとなって夜と融けていた。吹き上がる風は勢いを増し、女の髪を掻き乱す。
 やがて天球を昇り始めた月につられるようにして、海は水位をあげていく。
 優しく頬を包みこむような潮風に撫でられながら、女は海を見つめていた。

「心配か? もしそうなら、どうして船乗りの妻になんかなったのかね」

 背後から投げかけられた男の声に、女の華奢な肩がはねる。ゆっくりと振り返った女の眼の先には、朱の髪を風に靡かせた、緑の服の小男がいた。

「会ったの?」

挑むような碧の目が、小男の提げた空の籠を一瞥した。

「ここから落っこちかけてたのを助けてやった」

 愉しげに、小男は唇を歪ませた。

「感謝しろよ、ここにいるのはおまえの旦那の命の恩人だ。そのまま落としてもよかった」

 女の目が鋭くなり、怒気を帯びた。小男は大仰に宙を見上げる。

「そうすればよかったのか。あいつがいなくなればおまえは俺のところに戻ってくるだろ。あの水底の家に」

 小男は片足でくるりと回り、空の籠を天高く放り投げる。

「気づいているだろうが、ひと波乱ありそうだ。旦那、無事に帰ってこれるといいな」

 空の籠は一瞬だけ月を捕らえ、蔓の網目から冴えた光を零した。月光に曝されながら、小男はからかうように女を見遣り、はしゃぐように踊ってみせる。
 落下してきた籠が崖の砂礫を叩いた時、海原を見下ろす月に照らされていたのは、唇を噛んで佇む女だけだった。


<人魚のはなし 抜粋2>

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