みあげる(企画)


 
 
夏休み、青い空。積乱雲、水しぶき。鋭い陽射し、市民プール。子どもの歓声、ホイッスル。
25メートルプールと幼児用プールの間で、俺は直射日光に刺されていた。プールサイドには、頭にタオルをのっけて体育座りをしている俺の影が、くっきりと落ちている。影の目線をたどると、幼児用プールではしゃぐ女の子にぶち当たった。俺の妹だ。
溺れないようにと妹を見守るお兄ちゃんは、こんがり焼きあがるしかない。ひとまずは、妹を俺に押しつけてお買い物に行った母を恨もう。
暑さに朦朧としていると、背後から声が聞こえてきた。

「おちるとこまでおちたらさ、気持ちよさそーだと思わない?」

振り返ると、25メートルプールに浸かっている友人が、プールサイドに腕をのせて浮いていた。水から生首がはえているように見えなくもない。
首から下をふよふよ漂わせている友人に、俺は断言を投げた。

「思わない」
「なんで?」
「這い上がるの大変だし、辛い目になんて遭いたくもない」
「そうじゃなくて、さ」

友人はため息をついた。

「空を泳ぐ、って言うじゃない?」
「まぁ、言わないことはない」
「なら、海に降る、も、成立するよね」
「沈んでるだろーが、それ」
「ずっとずっと綱渡りしてて、休む術もわからなくて、筋肉痛で悶絶してるくらいなら、落っこっちゃえばいいんだ」

幼児用プールを一瞥し、友人は俺を見上げる。

「水底でまどろむのは、きっと、いい気持ちだよ」

にこり、と、友人は笑った。

「だから、ね」

身体を支えている俺の腕を、友人の濡れた手が掴む。ぐらり、と、視界が傾いで、青空で埋め尽くされた。

「わ!?」

間の抜けた声が、唇から零れる。急に上下が反転する。肺やら胃腸やらが揺さぶられる。陽に焼けて火照った背中が風を切る。頭の先に血があつまって、重力に絡めとられた身体は落下する。
刹那の浮遊は水面にぶつかることで幕をおろし、仰向けに沈む俺は、四肢にまとわりつく無数の水泡が光の網をすり抜けて、水の向こう側に昇る様を見つめていた。



みあげる
(途中退場であることは否定できないけど)
(とりあえず、このてをはなせ!)



c u b eさま提出
お題/ニュートンの教え


- 26 -



[] * [→]

bookmark

Top
×
- ナノ -