sideーA/02


sideーA

 しっかりと誰かに支えられるのは初めてのことだった。だいじょうぶ、という声が明るく優しい響きで、彼は見た目通りの人間だとしれる。目をこらして彼の顔をよく見ようとするけれど、街明るすぎる光が瞳の中でハレーションを起こし声しか聞こえない。またふらついた僕の手を彼は握り、凍えた手のひらが融解していく感触を受けた。
 僕は彼の持つ重そうな荷物に目を留める。紙のように嵩張ることはないが、持ち歩くのに苦労する透明で壊れやすいメディアを持っていた。ずり落ちそうになる荷物を慌てて引き上げた彼の鞄は重そうだ。それなのに僕を支えるのにふらつきもせず、安心感を覚える。

「行っていい」

 ライブラリの閉館時間まであと僅かしかない。眩んだ頭でも彼が急ぎであるのはわかった。メディアに表示された貸出期限は今日までだ。彼を突き飛ばし歩こうとするがどうしても足が絡まる。乱反射した光が視界を埋め尽くしてものの輪郭さえはっきりしない。

「ありがとう、大丈夫だから」

 立ち去りづらいのだろう、彼の戸惑いが伝わってくる。ありがとう、本当に。そう口にするがはっきり言えているだろうか。夜が近付くにつれ、ますます騒々しい光がそこここから溢れ出してくる。僕は目を閉じ手のひらで覆う。助けてもらったのに手ひどい拒絶を受けたのだ、彼が怒り出すかもしれないと僕はおもった。もう一度目を開くと彼は困った顔をしていて、僕はぎこちなく笑って見せた。彼の眉がきゅっと寄せられ、その笑顔が失敗だったと気付く。

「やっぱりほっておけないよ。学校まで歩けるなら一緒にいこう。そのあと送るから」
「けれど」
「閉館時間までぎりぎりなんだ。悪いけど一緒にきて。じゃないと心配で今日眠れない」

 おもいもよらない強引さで彼は僕をひっぱった。よろけて歩き出す僕の歩みに彼はあわせてくれる。空が焼けるほどにどんどんと街には狂乱の光が溢れ出し、悪趣味な夜が始まろうとしている。

「同じ学校だったよね。話したのは初めてだけど」
「あんまり学校行ってないから……よく一緒の学校だってわかったね」
「まぁそれはね。学校って色んな話がよく聞こえてくるものだから」

 少し濁した言い方に、学校での僕の評判がわかるようなものだった。
 ライブラリに着いたのは閉館時間ぎりぎりでなんとか間に合ったことに僕は息を吐いた。エントランスにぼんやりと座り、彼が新しいメディアの貸出手続きを終えるのを待つ。人影がまばらなキャンパスだが、みな僕の姿を窃視し通り過ぎている。僕と一緒にいることは彼の評判にもよくないだろう、そうおもい僕は彼に何も告げずに帰路についた。人の良い彼は今度こそ怒るかもしれない。そのことだけが少し気がかりだった。名前だけでも聞いておけばよかった、そう後悔したのは家に着いてからで僕はゆっくりと仕事に出かける準備をしている途中だった。
 その日の仕事は億劫だった。敷伏せられる自分の存在が滑稽で思わず笑うと、客に殴られた。いつものことだ、仕方が無い。目をつぶっている間中、彼の顔を思い出そうとしていた。もう一度見ておかなければ忘れてしまう、明日は久しぶりに学校へ行こう。


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