sideーB/01


sideーB

 ぼくが彼と出会ったときのことを話そう。そう長くはならないはずだ。
 それは唐突でなんてことはない出来事だった。街角ですれ違いざま、ぼくは誰かとぶつかった。相手がこぼした林檎を拾い上げ、手渡すために目線をあげる。さほど年齢はかわらないであろう、紙袋を抱えた痩身の少年。それが彼だった。
 拾い上げた林檎には傷があった。傷ついた林檎を手渡す。手渡しがてら、怪我はないかと訊いていた。さして強くぶつかったわけではなかったが、華奢をとおりこして壊れものめいた脆さを漂わせる彼には、そう気遣わせるだけの繊細さがあった。彼はぼんやりと紙袋に林檎を戻し、生返事をした。ほんとうに大丈夫なのだろうかと首を傾げたが、見たところ自分の足で立っている。大事はなかったのだろうと納得して、ぼくはその場をあとにした。
 しばらく通りを歩いていると、返却期限が今日であるメディアを返し忘れてきたことを思い出した。それは学校のライブラリから借りたものだったから、来た道を戻らなければならなかった。ライブラリのブラックリストに載って貸与制限をうけるのは避けたい。己のうかつさを呪いつつ、ぼくはきびすを返した。
 熟れた果物が地に落ちる寸前のような、甘ったるい狂騒と楽観が渦巻くシティ。そんなぼくの暮らす街を歩いていると、ダストシュートのあたりに彼がいた。彼はよろめくように歩いていた。風もないのに一際おおきくよろめいたから、ぼくは彼に駆け寄り、手を差しのべる。透けそうに白い指がぼくの指に触れた。醒めた黒の目がこちらに向けられる。彼の手はひどくひやりとしていた。


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