慢性アンサー




好きです、ぽつりと呟いた声は思ったより小さく頼りなかった。それを聞いた彼は少しきょとんとしてから、笑いながらおー、サンキュ。と返してきた。もしかしなくても好きの意味を勘違いされてるんじゃないだろうか。不安になって、もう一度言おうと思って口を開いたのに出てきたのは、お礼言われることじゃないんすけど、といういまいち噛み合ってない言葉だった。

沈黙が続いて、居酒屋特有の喧騒が耳につく。ああ、なにも今言うことじゃなかっただろ、とぼんやり思いながら 相当酔いが回ってるらしい頭でとりとめもなくただ隣に座ってる虎徹さんのことを考える。



「おい、___?」

「んー、はいー?」

「酔いすぎだ、寝るなよー」

「寝ないっすよー、俺のがー背ぇでけーから、家まで運んでもらえないだろーしー」

「なに、おじさんに喧嘩売ってんの?」

「………虎徹さん、すきだよ」



ぐでっとカウンターのテーブルの上に上半身を投げ出して、右手を虎徹さんの頬に持っていく。その途中で重力に負けて虎徹さんの頬にたどり着けないままおれの手はテーブルに落ちた。虎徹さんはなにしてんだ、とクツクツ笑って酒を煽っていた。やっぱり 届いてない。おれの"すき"はどこにいったんだろ。届かない言葉なんて無価値で無意味で、受け止めてくれない虎徹さんが少し嫌いで、でも愛しい。しょうがないのはわかってる。左手の薬指に落ち着いてるリングがこっち側からはよく見える。落ちた右手を虎徹さんの左手に重ねた。虎徹さんがびくっと、少し強張った、気がした。



「……フッてくれないんすか…」



つい、口から溢れた。 もーいいか、どうでも良いか、って思っちゃって、視界の端にいまだに小さく光るリングを入れながらキスを、した。



「フッてください。おまえなんかキライだって、二度とおれの前に現れんなって、出来れば手酷く。なんなら殴ってくださいよ。おねがい、…します、から」



懇願するように彼の左手にすがった。なんて惨めなんだろう。じっと、待つ。彼がおれの言葉を受け入れてくれるように、願いながら。小さく、溜め息が聞こえた。この喧騒の中でおれが拾えるのはきっと彼のもの。



「お前なあ、オレがそんなこと言えると思ってんのか?オレはもうお前に絆されちまってんだよ。キライなんて言えるわけねぇし、二度とオレの前に現れないとか、…考えられねぇ。殴んのはキスに対してなら殴ってやっても良いけど、告白されて殴るなんてしねぇよ。……まあ、気持ちには応えてやれねぇけど、な」



ぽんぽんと頭を優しく、宥めるように叩く。あーズルいなあ、そんなこと言うのか。せっかく諦めようって、思ったのになあ、無理だなんてわかってたけど、いつか奥さんを忘れてくれるかも、とか、おれ、最低だし。あー、もう結局失恋なのにこの関係は変わんねぇのかー。おれ生殺しじゃん。おれだって虎徹さんが奥さんを忘れないように、虎徹さんのこと忘れられないんだぜ、きっと。諦めるのだって、多分出来ない。どうしてくれんだ。おれはどうしたらいい?



「虎徹さん、……おれ、 諦めれねーよ、そんなの。ずるい、…でも、虎徹さんを、おとそうって頑張るのも、もうおれにはできない。それでもさ、あんたのこと好きでいんのはいい?」



情けなさすぎて顔もあげれない。ああ、ネイサンでも呼んで喚き散らしたい。そんで寝て、明日からどうしようか。おれは、きっと変われない。



「……ああ。悪い、な」



ぐしゃり。虎徹さんの手が、おれの頭を乱暴に撫でる。いいんだ。虎徹さんはなにも悪くなかった。優しすぎるんだよ、おれなんかに。だからこんなことになって。うわあ、虎徹さん可哀想。でもしょうがねぇよ、それがあんたが出した答えで、おれの最後。おれといっしょに無限ループに嵌まって、抜け出せないんだ。平行線は交わらない。おれと虎徹さんが寄り添うことはない。その答えがわかっただけで、十分、だろ?
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