夕日が綺麗ですね




ちゅっ

軽い音が自分の頬から聞こえて、二宮はまたか、とぼんやり思った。殴ったりキスされた部分を拭ったりといった反応を返すことすら面倒で、そのまま会話を続ける。どれだけ反抗しようとこの人には効かないのだから、その方が合理的だろう。


「この教授の傾向はこれで良いんですね?」

「うんうんおっけーだよ」

「えっ、ちょっ、はあ!?」


ガタン!と太刀川が椅子を倒して立ち上がった。震える指先でやけに距離の近い二人を指すと、二宮は不快そうに顔を歪め、___はこてりと不思議そうに首を傾げた。


「お、お前ら……そういうことか!」

「違う」


太刀川の盛大な勘違いに間髪入れずに否定を返す。アホだアホだとは思っていたが、ここまでとは。


「あはは〜、ほらおれ帰国子女だからさあ、挨拶がわりにね」


そう、この人は帰国子女で向こうの文化が中々抜けないらしい。いつでもどこでも構わずキスしてくるのには辟易しているが、数ヶ月にわたり横顔を晒す度にされれば流石に慣れが勝ってしまう。


「なるほどな……って言うか!他のヤツにはしてねぇだろ!」


は、?

思わず太刀川のアホ面を見つめてしまう。俺に、だけ?
ーーーそんな訳ないだろう。この人は帰国子女で、だから俺のようなデカい男にだってキスをする訳で、だから、俺だけだなんて、


「それもそうだねえ。じゃあけいくんのほっぺにもしようかな」

バキッ!


…不吉な音の発信源は二宮の右手だった。書きやすくて愛用していたシャープペンシルには見事にヒビが入っている。今はトリオン体ではないのだが、そういえば自分の握力はいくつだったか。思考を現実から逸らしてみるが、すぐに引き戻された。


「えー?なになにまさくん嫉妬?」


にやり、小馬鹿にするように口端を釣り上げた___さんを睨み付ける。嫉妬だと。馬鹿馬鹿しい。


「なぜ俺が嫉妬しなければならないんです。太刀川と間接的にでも触れたくないので変なこと考えないでください」

「おい、本人ここにいるからな?」

「おれもヒゲ相手にキス出来ないやあ」

「___さんそのヒゲここにいるから!」


傷ついた!これじゃレポートができない!手伝ってくれ!と喚く太刀川に、___はいつものぽやぽやした笑顔のまま忍田の連絡先を開いたスマホをゴリゴリ顔に突きつけている。

ーーーヒゲが生えてなかったらするのか。心臓の奥がチリッと熱くなった気がしたが、二宮は顔色を変えずパソコンの画面と向き合った。


「さてと、教えられることは全部教えたしお役御免かなあ。まさくんあと何か聞きたいことあるー?」


「……、夕日が、綺麗ですね」


どこかで聞きかじっただけの、誰が言い出したのかも分からない言葉。今の今まで忘れていたそれが、なぜか自然と口をついて出た。何も知らない太刀川が今は昼だぞ、と怪訝な顔をしているが、___はうっそりと笑みを深めた。


「そういえばさあ、四塚市の夕日がすっごく綺麗なんだって。今度見に行こうよ」


ちゅっ、とまた二宮の頬に口付ける。___は満足そうな顔でヒラリと手を振って立ち去った。








「さっきそこで___さんに聞いたわよ。傾向対策して貰ったんですってね」


私にも寄越しなさい。と高圧的な加古にうんざりしながら要点を書き留めたワードファイルを加古宛に送ってやる。二宮が操作を行っている間に太刀川が告げ口をするように___のキス癖の話を持ち出した。


「危うくキスされるところだったぜ」

「何言ってるのよ。あの人は私が頼んでもしないわ。だって…、ねえ二宮」


得も言われぬ圧に二宮が目線を上げると、加古はにっこりと、花も恥じらうような美しい笑みを浮かべた。


「___さんは帰国子女でも1歳のときに帰国したのよ」


二宮はパソコンも置き去りにして走り出した。


(貴方の気持ちが知りたいです)


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