それはきっと、一縷の望みが潰えた音




彼の細い指に銀色が輝いているのを見て、私は自分でも気味が悪いほど自然に目を逸らしながら口を開いた。目は彼を縛るものを見ようとしないのに、口はその存在を確かめようとする。自分の醜さに吐き気すらした。



「ご結婚、されるんですか」



自分で聞いておきながら、言葉はどこか確信めいている。訊かずとも分かりきっていた。この人は女性避けだとかファッションだとか、そんな理由で左手の薬指に指輪を嵌めるような人ではない。だとしたら、それは。答えなど考えるまでもない。

けれど、もしかしたら。

私が知らないだけで、先輩もそんなことをするのかもしれない、などと。



先輩が、笑う。
私が見たことのない優しい顔をして。

それが答えだった。



「ああ、近いうちにね。お前も早く、いい人を見つけなさい」



薄く微笑みを湛えたまま、彼はそう言った。幸せそうだ。正しく、幸せなのだろう。そんな幸せそうな顔で、なんて残酷な言葉を吐くのだろうか。
冷え切っていた指先に、無意識に力がこもる。泣き喚きたかった。無様にみっともなく、子供のように、彼に縋り付いてこの想いを全て吐き出してしまいたかった。


けれど、私は笑った。

おそらくいつも通りに笑えているだろう。彼の幸せには一点の曇りも許したくはない。私は大学時代の仲の良い後輩で、それが彼の幸せの一部になれば、それだけで、きっと。



「一言、余計ですよ」


いつも通り悪態を付いて、


「…お幸せに」


心から願った。

ありがとう、と穏やかに微笑む貴方が、どうか末永く幸せでありますように。




そして私は、自分の中の何かが死んでいく音を聞く。


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