Anniversary
リーマンパロディ その後

「あ、ぁ……んっん…!」

気持ちよくて、痛くて、また気持ちよくて。少しずつ腰を進められて深まる抽挿に、無数の皺をシーツに作って堪える。

「んっ、あ……ぁ、あ……っ!」

無意識に前へ逃げようとしていた体を抱き締められ、ずんと奥まで穿たれると背骨が厭らしく反り返った。ぼろぼろと溢れる涙と涎でリネンを汚し、詰まった嬌声を止めどなくこぼしても尚、彼の全てを欲さずにはいられない。
ある程度までようやく呑み込めた時には息も絶え絶えだった。バスローブを中途半端に羽織った体を労るように撫でられる。

「大丈夫?」

「ん……っ」

緩めようとする意思とは裏腹に、収められたものをきつく締め付けるのが恥ずかしい。広がった入口の縁がひりつくが、体内を占める熱量に比べれば些細な刺激だ。
あの夜、確かに泣いたはずだった。彼を受け入れるのが恐いと、恥も外聞も捨てて自分は訴えた。支配される恐怖から逃げたくて、彼のシャツをめちゃくちゃにして。そう、今だって本当は恐い。あの時の恐さとまるで違う恐怖が、とても恐い。

「動いていい?」

「っ、あ、ぁ…っ……!」

深く沈んだものがずるずると引き抜かれる感覚に、後孔を反射的に狭めて動きを制限しようとする。しかしその妨げも意に介さず、逆に押し込まれれば粘膜がひどくざわめいた。どこもかしこも敏感で、反響する彼の鼓動にすら体の芯を摩擦されているようだ。
みっともない顔を見られる心配もなく、後ろからの体勢でよかったと思ったのに。動きやすくするためか、ぐいと腰を持ち上げられて瞠目した。

「ぅあ、あ……っ!」

ぬぷぬぷと角度を変えて押し入ってきたものが、収縮に熱心な粘膜を探ってくる。以前見つけた弱点を捉え、腰を押し付けながら優しく揺らされれば腹の奥がぐつぐつと煮えたぎった。

「ここ、前よりずっとトロトロで柔らかいよ」

「っふ、う、……っ!」

耳をねっとりと舐められ、甘く低い声で囁かれてきつく目をつむる。
――どうしよう。
こんなにも溺れきっている体を知られたくない。これだけ密着しておきながら馬鹿げた話だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
濡れた音を立てて再度嵌まり込む楔に、そんな葛藤も浚われていく。

「んあっ、あ、や……っ…!」

奥をまさぐるように腰を回され、筒状の粘膜を余すことなく擦られる。かと思えばゆっくりと抜き出され、浅く深くノックされる度に中心が情けなく揺れた。彼のものを含んだ時からお預けをくっていたそこは今にも弾けてしまいそうだ。
切羽詰まった状態を知ってか知らずか、彼は天子の両腰を掴んで揺さぶってきた。

「やぁ、あ……っ、も、や………っ」

腰に彼の下腹部がぶつかり、内部でいくつもの襞を抉じ開けられる刺激に身悶える。天子のものは律動に合わせてシーツに涙を振り撒き、迫り来る絶頂から逃れようと必死だ。

「ひっ、あぁ……っ、さわ、なっ……!」

弱い耳と首筋に舌が這わされ、前へ回された手で中心を揉みしだかれて悲鳴を上げる。

「気持ちいいの? もう限界かな」

「やだ……っ、見るな、ぁっ、あ……っ!」

体は少しでも快感を得ようと、彼の手にずりずりと自身を擦り付けるように腰を前後させてしまう。すると咥え込んだままのものがトントンと内壁を押し上げ、腹の奥を穿つ甘い痺れに悶絶する他ない。清潔なシーツをざりざりと爪で掻きむしった。
抜かれそうになったものをきつく締めつけ、短い嬌声を何度もこぼしてがくがくと全身を震わせる。

「あ、ぁあっ、ぁ――――!」

追いつかれた深い絶頂の波に浚われ、全てを闇に散らして意識を手放した。

◆◇◆

『おいで』と誘う声が優しくて、その手を取ったのは昨日の晩。軽めのアルコールで火照った肌に、冷たい唇が気持ちよくて。しなやかな指にシャツとネクタイを乱され、無数の印をつけられながらベルトとスラックスも抜かれた。彼に傷つけられ、彼に癒された場所を入念に確認される羞恥すら快感にすり替わり、甘い声を上げてソファで抱き合った。
てっきり最後までするものと思いきや『僕はいいから』とひとり高められて悔しくなった。『明日に取っておくよ』との言葉でようやく首を縦に振り、誓ったのだ。明日は何がなんでも満足してもらおうと。

「ん……」

ふっと浮上した意識。しばらく暗闇の中を揺蕩ってから薄目を開けた。壁掛けのナイトランプだけがぼんやりと灯っている。広すぎるベッドでもぞもぞと体を動かしているうちに、広すぎる理由に思い当たって慌てて上体を起こした。

(いない……)

時計を見る限り、眠っていたのは二時間ほど。マットレスはひとり分の重みだけ沈んでいる。パーラールームの方に目をやると、暖色光が僅かに漏れていた。まさかこの期に及んでパソコンと向き合っているのか。ワーカーホリックにも程がある。

(あれ…?)

ベッドカバーを剥ぎながら記憶を掘り出しているうちに、ふと疑問が湧いてくる。

(あの人、最後までしてない…んじゃね?)

初めて睦み合った時、果てた自分の想いには確かに応えてくれたが、彼の体がどういう状態だったのかは思い出せない。さっきもそう、自分が敏感すぎるあまり彼を置いてけぼりにしてしまった。口淫だって慣れない真似をして痛い思いをさせた上、それこそ最後まではしていないのだから全て中途半端だ。めくるめく夜から一転、猛烈に胸が苦しくなってきた。
――もしかして、怒らせたのだろうか。
勝手に気持ちよくなってあっさり気絶した報いか、もしくは共寝も嫌だと思うほど仕事に没頭したかったのか。罪悪感がちりちりと胸を炙る。謝罪したところでどうにもならないことはわかっているが、何も言わずにこのままというのも申し訳ないし、抱かれるからには自分の体で気持ちよくなってほしい。気にしてないよと彼は言うだろうが、それだけは伝えておきたかった。
上書きされた首筋の痕を指でなぞると、悶々とした情動がまた盛り上がってしまいそうだ。深く息を吸い込んだ拍子に、枯れた喉で思いきり噎せた。声の出しすぎでカラカラになっていたらしい。寝乱れたバスローブを軽く直してぺたぺたとベッドルームを出ていく。

(やっぱり)

薄闇に包まれたパーラールームの窓際。円形のテーブルにはノートパソコンとタブレットが置かれ、スツールに腰かけた火野が無表情でパソコンのキーを叩いていた。着替えるのが面倒だったのか、彼もバスローブのままだ。足元の間接照明と、緩くお辞儀をしたようなナイトランプが部屋全体を暖色に照らしている。
気配に気づいたのか、振り返った彼が口を開いた。

「起きてたの」

それはこっちの台詞だ。
顔を合わせにくくてつい、さっと横を通りすぎて冷蔵庫に向かっていく。

「喉乾いただけです」

ミネラルウォーターのボトルを捻り開けてそのまま口をつける。しっとりと潤った喉に安堵して、ソファの端に腰を乗せた。そう、と彼の視線はまた画面に戻っていく。胸がじくりと痛んだ。

「仕事ですか」

思いのほか恨みがましい声色になったせいか、火野が苦笑しながら弁解を述べてくる。

「さっきまでは寝てたよ。この時間はいつも起きてるからつい目が覚めて、メールだけ確認しようと思ったら問い合わせがいろいろ来てて」

定時を厳守したのだから仕事が立て込むのも無理はない。ミネラルウォーターを飲み干しながら耳を傾ける。

「今なら現地は昼だから、問い合わせに少しずつでも答えておけばすぐ返信が来るだろうし」

「現地?」

いったいどこの話だと割り込めば、表情ひとつ変えずに彼は続けた。

「アメリカ支社だよ。連休明けに出張で行くことになって」

「は? アメリカ!?」

海外にも拠点があることは無論知っているが、営業部ならともかく、入社して一年やそこらの人間がほいほい出張できるものなのか。テーブルにボトルを置き、いくらか滑らかになった喉で尋ねる。


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