Anniversary
リーマンパロディ その後

「何しに行くんですか。てか営業と一緒とか?」

「前々から共同研究してて、打ち合わせというか、昨年度までの成果を共有しに。去年は営業の人も同伴してくれたけど、技術的なことまでわかる人は少ないし、会話も特に困らないからね。空港まではあっちのスタッフが迎えに来てくれるから、今年はひとりで行くよ」

淡々と告げられる返答に、はぁ、と複雑な心境で応じる。彼の優秀さを改めて思い知らされるが、そんな人間が自分の誕生日にこんなホテルで過ごしているのだからもう笑うしかない。やれやれ、と空のボトルを屑籠に押し込む。

「何日くらいの予定ですか」

「とりあえず一週間で、進捗によっては延びるかな。遅くても役員会の五日前には帰りたいんだけど」

出張を捩じ込まれても役員会という名の研究発表会は免除されないらしい。帰れないならリモートでやればいいと提案すれば、『あの人たちが嫌がるんだよ、機械音痴だからろくに操作できなくて』とのこと。彼はつくづく役員が嫌いだ。天子の勝手な予想だが、役員会で彼らを言い負かすのが生き甲斐のひとつになっていてもおかしくない。
胸の内側に一抹の切なさが滲み出すが、仕事の邪魔になってはいけない。告げようか迷っていたことを心にしまいこんで、天子は腰を上げた。

「…先に寝ます」

やや覚束ない足取りで寝室へ向かう。もう充分祝ってもらったのだ、そろそろ彼を仕事に返してやらなければ。それが悔しいのなら助手になれるまで頑張るしかない。ため息を落としてベッドの内側に体を滑らせる。何となく後ろめたくて、やりきれなくて、パーラールームの方に背を向けたまま目をつむった。

(さっきの、怒ってはなかったけど)

本当に気にしていないのならそれもそれで悲しい。男女にせよ男同士にせよ、体の関係なくして恋愛など成立するわけがない。いくら自分が気持ちよくても、彼がそう思えないならやはりこちらの努力が足りないのだ。
いったん目が冴えたせいか、懊悩に頭を使っているせいか、眠気は訪れない。もぞもぞとシーツを泳いでいると、不意にベッドカバーを剥がされて天子は飛び上がった。

「え、なに……ちょ、っ」

狼狽える天子をぐいと奥に押しやり、火野はさっさとその隙間に身を横たえた。横向きの状態で後ろからぎゅっと両腕が絡み付くと、沿わされた体温にびくりと背中が緊張を帯びる。

「やっぱり僕も寝る」

「は?」

後頭部に口づけて一言告げられ、穏やかな吐息がふわりと髪に触れた。鎮まりかけていた心音が易々と勢いを取り戻す。

(寝られるかっての)

寂しさが顔に出ていたのかもしれない。仕事を放り出してくれたのは嬉しいが、抱き締められた肌はじわじわと熱の領域を広げていく。深部体温はとても下がりそうにない。
どうせなら、この分厚い生地を二つとも脱ぎ捨てて抱き合いたかったのに。心臓が一際大きく跳ね、慌てて深めの呼吸を繰り返した。足りないのは彼の方であって、自分は充分に満たされたはずだ。だからもう、もう。
こくりと唾を呑み込む音が静寂に生々しく響いた。

「――すみません」

「ん?」

「さっき。その……あんまりうまく、できなくて」

いわゆる奉仕の件だ。おずおずと罪悪感のコップを傾けて流せば、彼がそっと笑った気配がした。腕が巻き付いたウエストの辺りをぽんぽんと撫でられる。

「そんなこと気にしてたの」

「気にしたくてしてるわけじゃねえし」

そんなこと、という言い様についついむっとするが、当の火野にとっては取るに足らない事象らしい。少しだけ安堵する。

「次はちゃんと…できるようにします」

「そういうところは案外真面目なんだね」

くすくすと笑われて羞恥に噎せそうになる。それでも気持ちは汲んでもらえたようで、楽しみにしてるね、との囁きにはしっかり頷いておいた。
そして、心の端に引っ掛かっていることがもうひとつ。終わってからいじいじと反省をしたためるのも鬱陶しいが、黙っていては気が済まない。
口を開きかけたところで、己の吐息が熱っぽく変化していることに気づいた。腿を擦り合わせると内側にあるものがぴくりと呼応する。服越しとはいえ、愛する人にこうも密着されては無理もないか。呼吸に集中するべく目を閉じるが、薄い熱のベールは依然、肌とローブの間に留まっている。

「ごめん。苦しいかな」

落ち着かない様子が伝わったのか、火野は僅かに体を離そうとする。その腕を慌てて掴んで、天子は半身をぐいと捻って振り返った。

「苦しくなんかない」

まっすぐに視線をかち合わせた時点で、濡れた瞳が何を望んでいるのか、彼は見抜いたに違いない。寝返りを打つように仰向けから身を捩り、横向きになって自ら腕を伸ばしてしがみついた。背中を撫でてくる手は優しい。

「ん……っ」

そのまま唇を委ねるが、ベッドの上で向き合う体勢では深く合わせるにも限度がある。焦れた天子は上体を起こして彼にのし掛かり、上から口づけを押し付けた。

「ん、むっ……」

彼の技巧には及ばずとも、いつも応えるばかりでは情けない。舌を深く差し入れ、ぎこちなく動かして絡ませる。
しかし主導権を奪取したのもそこまでで、逆にきつく吸い上げられてびくんと腰が震えた。生え際の辺りを手のひらで押さえつけながら、角度を変えてぬるぬると舌を擦り合わされる。酸欠と刺激でじんじんと脳みそが痺れ、理性がぐずぐずに溶かされていく。

「っふ……ぁ、んぁっ……!?」

自重を預けていた体をやんわりと誘導され、仰向けの彼の上に乗り上げる体積が増えていく。すると彼が片膝を立て、中途半端に開いていた脚の間に腿をぐりっと押し当てた。即座に口づけが解ける。

「ひ、ぁっ、そんな、されたら…っ」

ぐにぐにとローブ越しに意地悪く押し上げられ、そこは徐々に、そして確実に兆していく。どうにもならなくなる前にと天子はかぶりを振るが、体の深奥はじくじくと疼きを訴えていた。捩じ込まれた熱の記憶を思い出させるかのように、あらぬ場所がきゅっと締まる。
直接的な愛撫に悶える恋人を見上げて、火野は満足そうに囁いた。

「『上』がいいってごねてたのは誰だっけ? 叶ってよかったね」

「ち、がっ、こんなんじゃ……っ、あ、ぁ……っ」

初めての夜に『俺が下?』と天子が不満げだったことを覚えていたのだろう。とはいえ体勢が上でも翻弄されていることに変わりはなく、すっかり硬くなった中心を弄られるもどかしさにとうとう白旗を上げた。

「も……、い、からっ…、ちゃんと……っ」

「おや。眠ろうとしてた僕を襲っておいて『もういい』なんて無責任じゃない?」

軽い調子でちくちくと責められれば、先に仕掛けた側の天子は唇を結んで押し黙るしかない。眦に滲んだ生理的な涙を舌で舐め取って、うそうそ、と火野は腹立たしい笑みを浮かべた。

「嬉しかったよ。気に病んでたんでしょ? ここで――」

「あ…っ!」

ここ、とローブの上から的確に狭間を探られた天子が身悶える。疼きはひどくなる一方だ。

「ここで、ひとりで気持ちよくなっちゃったこと」

「っ………」

彼に重みを乗せまいとシーツに突っ張っていた肘がぶるぶると震える。気づいていたならいちいち口にしないでほしい。羞恥と怒りでぐすっと鼻を啜り、思いきり体重をかけて彼にしがみついた。内臓がつぶれたって知るものか。
苦笑しつつ天子の髪を掻き回して、彼の手がローブの裾を手繰り寄せる。腰までぺろんと剥き出され、露わになった下肢が心許なく揺れた。

「っ、ひ……っ」

唾液に濡れた指が入口をつつき、くぷりと先だけが潜り込んでくる。しかしせっかくありつけたものはすぐに抜かれ、腰や腿の裏側に手のひらが這う。

「もう少し脚開いて」

「で、きなっ……」

「さっきはあんなに積極的で可愛かったのに?」

ちらつかされる揶揄に唇を噛み締めるも、返事を待つことなくぐいと太腿を持ち上げられる。両膝をシーツについた状態で大きく脚を開かされては、ベッドの足側から見ればさぞひどい絵面になるだろう。外気に震える後孔に指が触れると、呑み込みたくて腰を突き出してしまうのが恥ずかしい。

「まだ柔らかいと思うけど…」

「あ、ぁ………っ」

そこは持ち主が思うよりもずっとスムーズに彼の指を受け入れた。待ち詫びた粘膜がひくひくとわななき、さらなる摩擦を望む。長い指が抜き出され、また入り込んでいく刺激に、腰から下がとろとろと溶けていくような錯覚すら覚えた。本数が増えるとあからさまに背が撓り、呼吸が浅くなっていく。


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