03

学校にはそれぞれ、何人かの有名人がいるもんだ。毎週の朝礼で壇上に上る生徒会長はもちろんのこと、運動部の部長や、成績優秀者もそれなりに目立つ。
 そして、この目の前の三年生は。
「もと、がみ……先輩?」
 学校随一の問題児……もとい不良、本神一(もとがみはじめ)。どこまでがホントで嘘なのかわからないようなたちの悪い噂ばかり持つ男で、おそらく学校で一番の有名人。高校生とは思えない貫禄がある。
「あぁ、お前に用がある」
 逃げるべきかと逡巡するほどの間もなく、足の長い先輩は数歩で目の前に迫っていた。程よく健康的に焼けた肌だとか、鼻筋とか、眉とか目とか、ぜんぶのバランスが良い。男らしい美青年だ。本神先輩はにこりと笑う。
「俺の頼み、断らないよな?」
 突然肩をぽん、と叩かれた。
「は?」
 まさか先に了承を求めてくるとは思わなかった。しかも「よな?」なんて決定事項の確認みたいな口調で。
 ええい、内容を言え内容を。っツーか初対面でいきなり何なんだ。金か。金なのか。言っておくが俺の家は両親共に教師をしていてそれなりに収入はあるが、けっして金持ちの部類じゃない。月々の小遣いだって微々たるもんだ。
「な、なんスか」
 心中の悪態を全て飲み込んで、尋ねた。俺は身長が170に届かない程度でそんなに大きくない。そのため、見上げる形で先輩を伺う。すると、先輩の眼の奥がわずかに揺れたように見えた。俺を見て何を思ったのか「ほう」と面白いものを見るような目の色になっている。
 そして、こともあろうに俺の後頭部を抱え込み、ずいっと俺の眼を覗き込んできた。
 濡れ羽色の前髪が俺の額に落ちてきて、目をそらすこともできずに俺は固まる。傍から見れば、今にもキスしそうな距離。

 どう考えたって気色悪いだろこの絵面(えづら)は! 

 本神先輩はそりゃ良い男かもしれないが、こっちは華も無い男子学生だぞ。そもそも、男同士だぞ。
 たらたらと背中を嫌な汗が伝い、ちくちくと刺すような痛みを感じる。
 心で絶叫しながら成り行きを待つ俺に、先輩は口の端を持ち上げてにやりと笑った。酷薄そうな笑みって、こういうのを指すんだろうか。
「お前、二年のくせに真っ向から睨みつけてくるとは良い度胸じゃないか」
 一瞬、何のことかわからなかった。睨む? 何の話だ。
 何度か頭の中で反芻して、やっと、つながる。

「は? あ、ああ! ば、」

 馬鹿野郎。あんたみたいな人にけんかを売るほど、命知らずじゃねーよ!

 思わず口からこぼれそうになった暴言に慌てたら、今度はうまく口が回らなくなる。
「いや、ちがっ、これもともとで! 睨んでるとかじゃ」
 ぶんぶんと首を横に振って否定すると、先輩は一瞬呆けたような顔をして、次の瞬間噴出して笑った。あああ、目つきが悪いって、損だ。
「元々がその目つきって、……面倒な奴だなお前」
「そういう誤解、もう慣れました……。ところで結局何の用なんですか」
 どうも「フルぼっこにしてやる」という雰囲気じゃない。でも、リンチじゃなきゃ何なんだ。まさかただ俺を見に来たわけでもあるまいし。……告白とかは……無いと信じたい。
「お前理系が得意なんだよな」
 突然勉強の話題が出てくるとは思わず、俺は一瞬言葉に窮した。りけいって……あの、「理系」だよな? 数学とか、化学のことだよな?
「……まぁ、得意ですけど、」
「理系科目だけなら学年一位だって聞いたんだ。だから、お前に頼もうと思って」
「はぁ?」
 繋がらない会話に俺が首をかしげると、先輩は俺の問いに答えようともせず、よしよしと俺の頭を撫ではじめてしまう。大きな手のひらにこねくり回されて、目が回る。
「ちょ、せんぱっ」
 抗議の声を上げようとしたが、先輩の一言に俺は凍りつく。

「よし。今日から俺の家で勉強教えろ」

prev | 目次 | next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -