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 そんなこんなでバタバタと朝っぱらからベッドの上で攻防を繰り広げ、俺はやっとの思いで先輩の下から逃げ出した。俺を捕まえそこなった先輩は「つまんねー」と、言葉とは裏腹の顔で眠たげに笑い、またベッドに身体を沈める。
 俺は朝練があるので家を後にしなければいけないが、先輩はもう一眠りするらしい。制服を着込んだ俺は先輩を振り返る。
「今日、小テストあるんですよね? 俺はもう行きますけど、遅刻しちゃ駄目ですよ」
「ん、まかせとけ」
 先輩はベッドに頭を沈めたままゆるゆると手を振った。
 先輩の家は学校から自転車で15分くらいの所にあって、寮ほどではないがなかなか立地条件がいい。
 朝の涼やかな風を頬に受け、ペダルをこぎながらぼんやりと先輩のことを考える。

 先輩は男とは身体だけの関係だと豪語しているし、俺も頭ではそう理解できている。だけど、俺はセックスを遊びだと簡単に割り切れるほど人生経験積んでないし、行為にはどうしたって色々と感情が混ざる。
 嫌だとか、気持ちいいとか、恥ずかしいとか、苦しいとか、それから――

 かわいい、とか。

 脳裏にぽんと出てきたその言葉に、かっと頬が熱くなった。その言葉がぐるぐると頭を巡って、はずかしさに身もだえしたくなる。平静を保とうとぎゅっと眉間に力を込めたら、そんな俺の恥じ入る表情をどう思ったのか、対向から歩いてくる小学生たちが俺の顔を見上げて一言二言交わす。……こわい、と口が動いたのは気のせいだと思いたい。事実なら朝からちょっと凹む。おまけに先輩を可愛いと思っちゃう自分にも凹みそうだ。
 それをふりきるように、小学生を横目に通り過ぎながら俺はスピードを上げた。そして「ありえない、ありえない」と心の中で何度も念じる。

 先輩が可愛いなんてありえないんだ。

 あのひとはでかくて野性的でやたらとエロくて、可愛いとは対極にあるはずの不良だ。ありえないのに、あのいたずらっぽい笑顔を目の当たりにするたび、俺はどぎまぎとして不整脈になる。
 ああ、ちくしょう。何がいけないって先輩が美形でえろいのが悪いんだ。アレが不細工な人間だったら俺だってこんな風にならないはずだ。
 先輩の色っぽい獣めいた表情は俺の常識をぐらぐら揺さぶる。嫌悪を呼び起こすよりも先に、理性を快楽で熔かして甘やかす。
 あんなことされれば、誰だってくらっと来るに決まってる。
 だって付いてるもんは付いてるし、身体は刺激すれば感じるようにできている。その動悸息切れは、生理的なものだ。勘違いしちゃいけない。俺が変なわけじゃない。
 とにかく恋愛面において俺はノーマルなのだ。

 誰に問われたわけでもないけれど、そう自分に言い訳をする。
 ……説得力の無さはこの際目を瞑ろう。

 うだうだと誰にとも無く言い訳を並べていると、前方の上り坂のてっぺんに校舎が見えてきた。
 きつい坂を歯を食いしばりながら立ち漕ぎで登り、校門をくぐる。グラウンドではすでに野球部が準備運動を兼ねてランニングをしていた。独特の節回しの掛け声が響き渡って、空気がピリッと締まる。俺も空いているところに自転車をとめて、武道棟へ急いだ。

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