18

「先輩、ちょ、ホントやめてください。何盛ってんですか」
 眼前に迫る大きな体躯を、腕を突っぱねて必死においやる。だけど先輩はそんなのお構いなしに俺の腕を掴んで、俺は逆に先輩の胸に引き寄せられてしまった。ドンと胸板にぶつかって、昨日知った先輩の匂いが鼻に届いて、思い出した瞬間一気に冷や汗が噴出してくる。

――どうしてこうなった。

 そう思わずにいられない。俺はただ、あの紙の山を渡したくてケータイで先輩をあの渡り廊下に呼び出しただけだぞ。他意なんて無い。三年生の教室なんて行き辛いし、不良として名の知れたこの人に堂々と会いに行くのは気が引けた。だからあんまり人が来ないここに呼び出したんだ。それだけだ。こんなハメになるなんて思うわけないだろう。
 俺がじたばたともがいていると、耳元で先輩がニヤニヤ笑う。

「人が来ないとこ呼び出してくれたのはお前だろ。昨日あんなことしたのに、警戒心なさすぎんじゃねーの」

 何だその理屈。俺が悪いのか? 「二人で会ったら、襲われちゃうかも」なんて俺が常々思ってたら気持ち悪いだろうが。どんだけ自意識過剰な奴だよその俺。そんなエロ漫画みたいな展開気にしながら生活するもんか。ここ学校だぞ学校。しかも個室じゃなくて廊下だぞ。いくらふだんからひと気がないって言っても、いつ誰が来たっておかしくない場所だ。こんなとこで盛ってんじゃねーよこの変態。

 ……そう言ってやりたいのに、根本の部分でチキンな俺には言うすべもなく。

 届けるはずだったプリントは床に散乱しているし、俺は壁と先輩にはさまれて身動きが取れない。この人の体はでかいって言うか、なんか質量がすっげー詰まってる感じだ。見た目以上に重みがある。押せど叩けどびくともしない。……って、感心してる場合じゃない。
 
 どうしょうどうしようどうしよう。こんなとこ誰かに見られたら、俺は変態さんの仲間入りだ。

「なんかさー。気に入っちゃったんだよね、俺、お前のこと。体の相性良いし」
 そう言って、くつくつ笑う先輩。――相性って、アンタな! ばかか! 男同士に相性とかあるか! 凸と凸だぞ。同じもんがぶら下がった体だぞ。
「俺は嫌だ! すっげー嫌! むり、男とか、ありえないですって。女にしといた方がいいですって! アンタもてるんだから、選り取りみどりでしょうが!」
 そうだよ、女の人にもてるんだから、そっちとそういうことすればいいんだよ。凸と凹でちょうどいいじゃないか。こんな柔らかくもない男と触りあって、良い事あるはずがないだろ。気持ち悪いだろ。いや、気持ちいいから困るんだけどな!
 俺が必死に訴えると、突然先輩は俺の肩を持って引き離し、眉を寄せて不機嫌な顔になる。
「女にそんな酷いことできっかよ。傷つけちまうだろ」
「はぁ?」
 な、なんだいきなり常識人ぶって。女傷つけたくないとか、どの口が言うんだ。アンタ自分の噂を知ってるのか。
「俺、体だけの関係は男とするって決めてんの」
 不機嫌な顔をあっさりと引っ込めて、にっこりと笑う先輩。あまりの表情の落差に俺が言葉を発せないでいると、先輩は俺を壁に押し付けて、肩口に顔を埋める。
「ひ」
 学ランと、その下のシャツのボタンが一つ二つと解かれて、首に外気が当たる。ひやりとした空気に鳥肌が立つのがわかる。そしてそこに、ちろりと先輩の舌先が触れる。
「ちょっ」
 突っぱねることができないのなら、と手を回して先輩の背中をばしばし叩く。やめろ、やめてくれ、と。なのに、もがいてももがいてもびくともしない。
 何この人。
 男としてのプライドが、早々に折れそうですけど。
 変態のくせに何でこんな力あんの。
 あ、不良だからか。

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