15

 先輩の発言のせいで、ろくに飯も食えず家から転がるように逃げ出てきた。……「これからもする」って、なんてことを言い出すんだ、あの変態は。絶対にごめんだ。俺は男だぞ、男。骨ばった目つきの悪い男だぞ。カテキョに行くとしたって、もう二度とあんなことさせるもんか。そりゃ気持ちよかったさ、これを認めるのはなんかもう死にたくなるけど、情けなるくらい気持ちよかった。
 だから余計まずい。俺、絶対流される。だめだ、そんなのぜったいにだめだ。俺はそっちの道には行きたくない……!

 一日の始まりだというのに相当に疲れきった精神で学校に行ってみれば、何かしら突っ込んでくると思ってた鈴木が何にも言わずに肩をぽんと叩いて「ボラギノール、父ちゃんのをくすねてきてやるよ」なんて優しい優しい笑顔で言う。
「阿呆か」
 俺の返事にケタケタ笑う悪友鈴木。だけど俺は笑えない。笑えないんだよソレ、鈴木。悲しいことに。
 ……たぶんこいつはふざけて言っているんだろうな。よもや俺と先輩が本当にその直前まで行ってしまったなんて思わないだろう。だからこんなあほみたいに際どい事言えるんだ。何も知らない鈴木にマジな反応を返すのが馬鹿馬鹿しくて、ついなげやりになる。それくらいでちょうどいいんだ、きっと。あんまりムキきになるとボロが出る。
 「わりぃわりぃ、冗談だって」と笑う鈴木。ちくしょう。人の気も知らないで。お前があの時あんなぼんやりした表現じゃなくてもっと直接的にアドバイスしてくれてたら、俺だって何か気付いたかもしれないのに。逆恨みだと八つ当たりだとわかっているけどなんだか悪態をつきたい気分だ。
「俺先輩のカテキョになったから、多分これからもちょくちょく寮抜ける。アリバイよろしく」
「えー」
「いつも数学写させてやってるだろ」
 鈴木と俺は寮の同室者だ。寮には門限があるし外泊の際には届けを出すのが寮則だ。先輩に呼び出されてるからって毎日堂々と門限を破るわけには行かない。鈴木はご覧のとおりのお調子者でなかなか悪知恵が働くし、こいつなら寮長にもごまかしが聞くだろう。
 俺はそんなのとは比にもならない男のプライドをかけてたたかうはめになったんだ。おまえもそれくらい協力してくれたっていいじゃないか。
 じろりと睨みをきかせると、鈴木は慣れたように「はいはい」と苦笑する。
「まぁいいけどさ、お前ホントに大丈夫だったの昨日。襲われなかったわけ?」
「おそ、われ」
 鈴木のとんでもない質問に、おれは血の気が引く。
 昨日の出来事がフラッシュバックして、眩暈がする。むさぼられた唇の感触とか、どアップの先輩の顔とか、腰を打ち付けるときの肌の音とか、先輩の髪のにおいとか、……アレとかソレとかの感覚とか、全部が一瞬の内に思い浮かんで、消えていく。
「……」
 とたんに自己嫌悪というか後悔と言うか、とにかく羞恥心に近い何かがのどを突く。あの叫びだしたくなる感じ。それなのに「襲われたんだ! 被害者なんだ!」って強く叫べないのが一番つらい。だって「お前も楽しんでただろ」なんて言われたら、悔しいことに言い返せない。
「どした城田。やっぱ殴られたのか」
 静かになってしまった俺に、鈴木が慌てる。殴られたのかって?
 ――あぁ、そっか、そうだよな。「襲われたのか」って質問は「殴られたのか」って意味だよな。まさか「掘られたのか」なんて聞かないよな普通。どうして俺はそっちの言い訳を考えようとしたんだろうな。あぁ、頭いかれたのかな。
 違うんだ鈴木。そういうのは無かったんだ。
「ちょっと精神的に不良といるのが辛かっただけだ」
 もうすこしうまいごまかし方があるだろうと自分でもあきれたが、鈴木は気にせずに「そうかそうか、だよなぁ」なんて頷いてくれた。
 どうしたって本当のことは言えないんだよ、鈴木。

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