03

 お互いに眼を合わせることもできず、俺たちはそれぞれ缶ビールを持ったまま不自然に向かい合って座っていた。酔いはもうとっくにどっかに吹き飛んでいた。
 ぽつりと片瀬が言う。
「お前の、打算の無い優しさに惹かれたんだ」
 その言葉に俺の肩が震えたが、片瀬は眼を伏せてるから、きっと気づかない。

 打算が無いなんて、そんなのは当たり前だ。そう叫びたかった。

 「優しさ」ってのは、対等な友人に対しては無料で配るもんだ。俺はそう思う。これがもし恋する相手だったら、俺だって打算が生じるだろう。それは「良い」「悪い」の問題じゃなくて、恋をするっていうのは、そういうことだからだ。相手に好いて欲しいと思うなら、駆け引きの下心が生じて当たり前だ。
 片瀬が俺の優しさにそういうやましさを感じたことが無いというのなら、それだけお前が俺にとって大切な友人だったということだ。

「俺がお前に優しくしたのは、打算だよ」

 片瀬が言う。自分自身を馬鹿にするような笑みだった。

 そのことばにかっとなって、うなだれる片瀬の頭をこぶしで殴ってしまった。俺の手に、痛みが走る。本気じゃないが、片瀬も多少痛かったかもしれない。
「ごめん、最低だな。おれ、お前のこと裏切った」
 そう言って顔を上げた片瀬の表情は緊張でかちこちだ。俺よりもよっぽど男前の癖に、こんな俺みたいな男に対して、どうしてお前がそんな風に情けなくなるんだろう。なんともいえない微妙な気分になる。
「ばかやろう。言っておくけどな、お前があんまりにも的外れなこと言って自分を馬鹿にするから、怒ったんだ」
 たしかに怒っているが、それは片瀬の優しさが「打算」だと知ってショックを受けたからじゃない。

 俺は、片瀬自身でさえ片瀬を悪く言うのがどうしても許せなかったんだ。

 こいつの優しさが打算なわけが無いんだ。それは、俺が一番よく知っている。

「お前、何も求めなかったじゃないか」
 打算だというのなら、それなりの駆け引きが生じるもんだ。だけどこいつは、一度として俺にそんなものを要求しなかった。俺は与えられるだけ与えられて、それがどんな痛みを含んでいるかも気づかずに飲み干していた。最低なのは俺のほうじゃないか。
 片瀬はふるふると首を横に振る。
「優しくすると、お前は俺を頼ってくれるじゃないか。お前が笑う顔、好きなんだ」
 その台詞に、おれは愕然とし、脱力する。
「……ばかか。そんなの、打算ていわねーよ」

 そういうのは、健気っていうんだ。
 だってそうだろう。こいつ、俺の恋愛相談まで乗ってたんだぞ。
 おまえ、それどんな気持ちで聞いてたんだよ。

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