宝石とさよなら | ナノ


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ホントに部長は休日デートをしに私の病室に足を運んできた。
でも残念、仕事なんだな、肩をすくめた部長が大げさに嘆いて見せる。心底ウザい。
「部長の事だから知ってましたよ」と返せばなら話は早いね、と書類の束を手渡された。
先に終わらさなくちゃいけない物はみんなでやったけどお前は出勤したら残業な、まだまだ残ってるしと悪魔の笑みを浮かべる。
「くそっ、この資料だとどうせ私の家からノーパソ持って来てるんでしょ……」
顔を歪め軽く睨めば「御名答〜」と呼んでないのに召喚されたノーパソを叩き落とす勢いで受け取る。
この場所で付けるのは少し憚られたので傍らに置き、パラパラと資料に目を通していく。
いつも仕事をしているときの顔つきと動きにようやく満足したのか「よろしくねん」と投げキッスをして出て行った。
クビにならなかっただけましだと思わないとやっていけそうにないなこの量……。


検査を受け、警察にも事情聴取という名のただの世間話をし、自宅に戻れたのは2日も後の話だった。
日中は休憩室のようなところでパソコンを弄り資料を作り上げ、夜は渡された資料を漁って目を通す。
どうにか病院にいる間に目途のついたそれを持ちかえれば自宅は侵入された形跡も何もなく綺麗だった。
冷蔵庫の中身が腐っていたのはいただけないが。

病院で仕事をしながら自分の中に「あの出来事は夢だったのだ」と答えを出した。
すんなりその結論を通せなかったが、目の前の仕事を先に終わらせてゆっくりと落とし込んでいけばいい。
自己洗脳の一種だ、時間を掛ければそのうちそれがホントの事だと思えてくるだろう。


腐った牛乳も流しに捨て、冷蔵庫に残ったビールを風呂上りに飲んでいた。
皺の寄ったシーツも落ちた毛布も寝相のあまり良くない私のいつもの部屋で、床に落ちたそれをベッドの上に乗せた。
シーツを直していれば、ベッドの下の頭の方になにかが入り込んでいるようでつま先に当たった。
ベッドのふちに引っかかってしまったらしく、力を入れて物引っ張り出す。
出てきたのはは足首を包むデザインのサンダルだった。

「あ……」
思わず声が漏れてしまった。
片足しかないそれはあの世界で支給されて履いていたものだったからだ。
夢じゃなかった、残してきた我愛羅君の顔が走馬灯のように脳裏に広がり、サンダルを抱きしめて嗚咽を漏らしていた。



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