桜威は目の下に濃い隈をこさえていた。
解体された第七支部のメンバーがそれぞれのツテを頼りに就職を決めていくのを見て桜威は焦っていた。自分にはそういったものが何一つない。魔津尾みたいにいっそ力を使う呪術師になるかとまで考えたが辛気臭い顔に大きな傷のせいで売り込みすらうまくいかなかったのである。完全にお手上げだった。給金が止まり通帳を確認しながら頭を抱えた桜威に、集まってた元幹部のメンバーの一人が声をかける。そう、邑機である。彼もまた顔に傷があったが無害そうな顔つきは警戒を緩めたらしく、知り合いのツテで中途採用の枠に入れたのである。おろしたてのスーツが似合っていないのはご愛敬だ。
「名刺のアイツに電話したらどうだ」
「いや、なんか恥ずかしくて…」
「といってもアンタ無職になった途端家追い出されるんでしょ」
バレるのも秒読みだよと槌屋が肉を頬張りながら指摘する。桜威だけ保証人が爪の偽装会社だった為一番切羽詰まっているのにこの中でただ一人未だ就職先が決まっていないのであった。しゃんとしなと槌屋に喝を入れられている桜威を見て、未だに舎弟達と仲良くしている寺蛇が楊枝で歯の隙間を掃除しながらぼやいた。
「アイツ有名人だからな、悪くねぇ案だと思うぜ」
お前がやる気あるならばの話だけどよ。寺蛇の訳知りらしきドヤ顔にイラっと来たのか、心身ともに疲弊していた桜威を心配し慰めていた槌屋の蹴りが入った。


「桜威だ、助けてほしい」
深夜いきなりかかってきた非通知の電話に出れば、つい先日対峙したばかりの眼鏡の男だった。そういえばそんな名前だった気がするとすっかり忘れていたナマエが呼び出された24時間営業のファミレスに赴く。入口で店員にツレが先に来てるらしいと話をしていれば気づいた邑機がこっちこっちと手をこまねいた。
「やっほー、ぼちぼち?」
「……マジでこいつ気にしないんだな」
誇山が緩い感じで登場したナマエに呆れた顔で席を譲る。直接対峙したのは今この場にいるうちの二人だけだが、桜威が覚醒ラボの襲撃時に持ち帰ってきたデータによってナマエの顔は全員に割れている。同じようにナマエ自体もおそらく元第七支部のメンバーだと予想出来ているだろうという前提で、どう切り出そうかと来るまでその話をしていたのだが……。あっけにとられたとはこういうことなのだろうと誇山は思う。敵だの味方だの気にせず警戒も解いてきたのは彼女の楽観的な性格によるところが大きいので彼らにはナマエを基準にしないで欲しいところである。
動揺の広がったままのボックス席で、呼ぶのに支障をきたすだろと言う寺蛇の発言により自己紹介を澄ますことになった。大衆に好かれるタイプの性格ではないが、寺蛇は舎弟をまとめていた経験からこういった進行役には現場のメンバーで一番強かった。


んで、私を呼んだってことはそういうことでしょ?何人?自己紹介の後いきなり本題に進んだナマエがテーブルを見渡す。食事を終えた槌屋がちらりと隣で突っ伏している桜威に視線を一番に送った。それを見て全員の視線を注がれじりじりと焦がされていく桜威は観念したとばかりに弱弱しく片手をあげる。肘をテーブルにつけたままに。
「おっと、もっといるかと思ってたわ」
「アタシらは実家とか友人いるからまあしばらくは仕事なくてもいいんだけどさぁ」
天涯孤独の身であるこいつがもうすぐ家なき子になるかもしれなくてね。槌屋が端折りながら呼び出された理由を話す。「なんでそんなになるまで放っておいたんだ」と眉を顰めたナマエに、聞いたらしいけど今まで歩んできた環境が悉く悪かったのよコイツと桜威のオールバックを小突きながら憐れむ。親に捨てられ施設も底辺のたまり場のような場所で友達も作らずにこの歳まで来ちゃってさぁ、唯一身に着けた能力が呪いってなんだよ。段々と貶す方向に向かっていく誇山にテーブルから顔をあげた桜威がメガネの下で睨む。強面も共に過ごしてきた仲間の前では形無しであった。気を許しているともいう。

「なーるほどね、桜威さんはどんな性格?」
何やりたい?空いてる時間帯は?大企業とかは流石に無理だけど調味市周辺ならそれなりにネットワークあるから試しに希望出してみなよとパラパラメニュー表を捲り出したナマエが問う。フリーダムだなお前と心の中で突っ込んだ邑機がドリンクバーで入れてきたお茶を啜った。
「顔の傷で弾かれないところ」
「欲がなさすぎるワロ」
店員を呼びがっつりしたリブステーキを頼みだしたナマエにとうとう俺は真剣にだなぁと机を叩く。顔をあげた途端にひきつった表情で奥にすっ飛んでいった店員にやっちまったと再び落ち込みだした。とある面接では「ヤクザみたいな顔だからちょっと」とまで言われたのが相当ショックだったらしい。
「顔ってよりそのすぐキレるとこに注意した方がいいと思うよ」
ズバリと言ってのけたナマエに付き添いの4人は言いやがったと黙り込んだ。その言葉は桜威の呪と密接している人生そのものを否定したともとれる言葉であった。負の感情で生き延びてきたのである。いつもなら激昂しているだろう桜威が大人しいことで両隣で構えていた寺蛇と槌屋が凝視する。当の本人は口を堅く結び子供のような顔をして耐えていた。お待たせしましたと恐る恐る端に座っているナマエのまえに注文された品を数点置いて逃げ帰った店員の後ろ姿にありがとうと軽く声をかける。「食べる?」差し出されたステーキを拒否した桜威の携帯が鳴る。ジャケットから取り出されたそれを耳にあて、震え出したのを見つめること数分。再び突っ伏した桜威が大家にバレたとどん底に叩き込まれたことを報告してきた。oh、ハヤイネ。


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