柳生比呂士は生物学的には女である。

しかし戸籍上は男となっており、これまで男として育てられてきた。女を産めなかった祖母が曾祖母に虐げられてきたのを見た父と母が下した苦渋の決断だった。曾祖母が没した後、女に戻そうという腹である。

故に彼女はその身体を隠さねばならなかった。人様に肌を晒すなんて出来ません、と言って着替えはいつもトイレでしていたし、修学旅行に行くなんてとても、とても

「……何故私の部屋にいるのです、仁王くん」

具合が悪い、と欠席するつもりだったその日の早朝。彼は惰眠を貪っていた柳生の枕元に現れた。眼鏡を掛け、覚束無い頭をどうにか回転させて部屋の中を見回す。大丈夫、正体が割れるものはなさそうだ。柳生は胸を撫で下ろす。しかし、

「もう一度聞きます。何故此処にいるのですか仁王くん。家主の許可なしに部屋に入り込むなんて無礼極まりない」
「許可貰ったぜよ?お前のおかんが入れてくれた」
「――母さん!!」

柳生は階段を一気に駆け下り居間に飛び込んだ。

「あら、おはよう比呂士さん。バタバタと端ないですよ」
「これが落ち着いていられますか!何故、仁王くんを中に……」
「元気じゃのう、やーぎゅ」

柳生に続き、仁王も居間に下りて来た。

「のう、やーぎゅ。お前さん荷造りまだなのかの?部屋の中にそれらしきものがないんじゃが」
「あ、えと、私、具合が悪いので旅行はちょっと……」
「凄ェ速さで階段下りた奴の台詞とは思えんのう」

と、仁王は柳生の前髪をかき上げ、その額と己の額とを重ねた。

「!! に、に、に、におう、くん……!」
「熱も無いようじゃが?もしかして狡休みする気かのう、紳士殿」

ニヤニヤと仁王は笑う。

「そ、それは……」
「比呂士さん、お行きになったら?」
「えっ、母さん!?」

柳生は驚いて母の顔を見た。昨日までは母も欠席に同意していたではないか。なのに、どうして。

「折角仁王君が迎えに来て下さったのですし、ね」

母は尚もニコニコと微笑んでいる。

「でも、母さん……」
「やーぎゅ!準備手伝ってやるきに!!」
「え!?ああっ、待ちたまえ仁王くん!」

再び柳生の部屋に戻ろうとする仁王を柳生は必死で追いかけた。


――ああ、もう、どうしてこんなことに!!




   



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