「いい天気で良かった……否、あまり良くありませんね。この熱に体力が奪われかねません。こまめに水分を摂取するに越したことはないでしょう」 「そうですね……」 「水は十分持って来ましたが、不足しそうな時は私が買いに行きます。その他、柳生先輩たちがベストコンディションで試合に臨めるようサポートしますから、大船に乗ったつもりでいて下さい」 「……あの、その『柳生先輩』って……」 「何か問題でも?」 「いえ、何故私の名前を御存知だったのかと。男だって事も……」 「――あっ、それはですね、その……そうそう!涼香に前もって聞いていたんです!!その上で四天宝寺のメンバーに男だと感づかれないよう協力して欲しいと頼まれまして」 「そうだったんですか。貴女にまで御迷惑をお掛けして申し訳ありません」 「そんな、迷惑だなんて!貴方こそ、いい迷惑だったのではありませんか?涼香の我が儘に付き合わされて……」 「――おい、」 それまで沈黙していた原が前を行く友香と柳生の間に割り込もうとするが、友香が柳生の腕を引き未遂に終わる。 「あの、友香さん……」 「ここでお近づきになれたのも何かの縁です。試合は午前中には終わりますので、新幹線の時間まで少し余裕があります。宜しければ大阪の街を御案内しましょうか」 「オーマーエー!!」 「煩いわね……何か用かしら?涼香」 鬱陶しそうに後ろを振り返る友香に、原は何か用かしら?じゃないわよ!!と喰ってかかった。 「貴女ね、いつまで柳生先輩を独占しているつもりなの!?いい加減離れなさいよ!!」 宿を出てからというもの、友香は柳生の傍を片時も離れず、原は柳生に近付くことすら出来ずにいた。友香は原を一瞥すると、再び柳生の腕を引き歩を進めた。 「柳生先輩、無視しましょう」 「お前な――」 「あの子に触ると妊娠しますよ」 「えっ」 「はら……じゃなかった、友香!何言ってるの!!妊娠だなんて……」 原は顔をボン!と瞬時に赤らめ、ふらりと近くの電柱にしがみついた。 「柳生が、あの柳生さんが俺の子を孕むじゃと……!」 電柱に向かってブツブツ呟きだした原に柳生はオロオロし、ごめんなさい、と友香の手を離すと、原に恐る恐る近づいた。 「原さん、大丈夫ですか?」 すると原は突然柳生の手を握り、目を輝かせながら言った。 「やーぎゅ!ハメさせ――」 「お前の頭にはそれしかないのか!!」 原が言い終わらないうちに、友香が再び原の頭に拳を下ろす。 「何するんじゃ、このゴリラ女!!」 「なっ……ゴリラですってえ!?」 「ああ、そうじゃ!!少しは柳生の慎ましさを見習うぜよ!――いいか、俺はな、やや俯き加減でモジモジしながら『……私、お腹の中に貴方の赤ちゃんが出来たみたいです、仁王くん』って涙目で訴える柳生さんを見たいんじゃ!!想像だけで軽く三回はヌケ――」 「ああ!ああ!!聞こえない、なーんも聞こえない!!――柳生先輩、この子バグ!完全にバグってますから!!辻褄の合わない事を言ってますが、全ては試合前の緊張で――」 「……あっ、はい!何でしょうか?」 すみません、聞いていませんでしたと頭を下げる柳生に、二人は言い争いを止め怪訝な顔で彼女を見た。 「どうされましたか?ぼうっとして。体の調子でも悪いのですか?」 「いいえ。只……お二人は仲が良いのだなと思いまして」 「は?」「どこが!?」 ほぼ同時に顔をしかめた二人に、柳生はやっぱり仲が良い、と苦笑し原の手を取った。 「!? や、やぎゅ……」 「――貴方が、私以外の女性と仲良くされているのを見てると、胸の内がざわざわするのです」 「えっ」 「原さんは初めて私と仲良くして下さった女性です。だからでしょうか……ほら、同性の友人が他の子と仲良くなると嫉妬するって言いませんか?特に女性間は。多分これはそういう感情なんでしょう」 そう言って柳生は原にふんわりと微笑み、対する原は柳生の顔を見つめたまま言葉を失った。そうした沈黙がしばらく続き、柳生は気分を害してしまったでしょうか、と真顔になった原の顔を心配そうに覗き込んだ。すると、 「……弱ったな」 「え?」 キョトンとする柳生に、原は何でもありません、と背を向けた。 「私、先に行ってますね。四天宝寺の部長との打ち合わせがありますので」 「え、あ、原さん!?」 原はそのまま振り向きもせず、一目散に去っていった。 「耳まで赤く染めて……詐欺師がとんだ笑い物ですね」 「え?友香さん、よく聞こえなかったのですが……」 すると友香は何でもありません、と答え、そして小さく呟いた。 「貴女は仁王先輩がどんなに上手く化けようと、その能力故に自分自身の形を失ったとしても、そうして見つけてしまうのでしょうね」 「柳生先輩。先輩の負担にならないよう頑張りますので宜しくお願いします」 「こちらこそ。一緒に頑張りましょうね」 柳生は畏縮している傍らの少女を安心させるようにニコリと微笑み、少女はほんのり目尻を赤く染め頭を下げた。 「柳生先輩とダブルスが組めるなんて、夢のようです……!」 待ちに待った練習試合。柳生はダブルス2に出場することになった。 「柳生先輩にダブルス2をお願いするのは非常に心苦しいのですが。しかし、出来るだけ公式戦に近い形で試合をしたいのです。なので、申し訳ありませんが欠員の出たダブルス2をお願い出来ませんでしょうか」 スコア表片手に申し訳なさそうに言う友香に、柳生はそんな、と首を振った。 「確かにお互いの戦法を把握しているとは言い難く、苦戦を強いられるかもしれません。しかし試合はいつどんなアクシデントが起こるか判りませんし、臨機応変に対応出来る能力を養ういい機会です。ですから気にされないで下さい。ね?」 「柳生先輩……」 有難うございます、と二人は頭を下げた。 「そろそろ試合を始めましょう!ダブルス2はコートに入って」 「はい!」 原の呼びかけに、柳生たちは頑張りましょうね、と言葉を交わし合いコートに入った。しかし四天宝寺側の選手が一向に現れない。 「どうしたの?そちらの選手、いないみたいなんだけど」 すると四天宝寺の部長はあの、その、と言い辛そうに答えた。 「実は……ダブルス2の二人がいきなりお腹を壊して……その……」 「代わりに補欠のアタシたちが出まーす!」 ――……どこかで聞いたような。いや、でも、まさか、 背後から聞こえた、女にしては野太い声。柳生が恐る恐る振り向くと、そこには。 「スコート姿、ごっつチャーミングやでぇ!流石俺のポーラスターや!!」 「うふふ、お上手ね、ユウくん。ユウくんもカワイイわよ」 そして二人は柳生に向かって手を伸ばした。 「うち、一氏ユウ子って言いますねん。あんじょうよろしゅう!」 「アタシは金色小春やでぇ」 ……。 ……。 ……え、 「小春って、そのまんまじゃないですかー!!」 「……うん、そだね。その通りだね、柳生さん。だけどもっと他に突っ込むべきことがあると思うんじゃ」 |