幸い二人の帰る方角は同じであり、仁王の家は柳生の通学路上にあった。 「すまんのう、やーぎゅ」 「いいえ」 ――嗚呼、ヤバい。近くで見ると可愛さ倍増じゃ。 ニコリと優雅に微笑む柳生に緩む頬を抑えられない。 「柳生。傘、俺が持つぜよ」 中三になって柳生の身長は縮み(実際のところ伸びなくなっただけで、いつも隣にいる仁王の身長が伸びたのだ)、今では二人の身長差は完全に逆転した。仁王の身長に合わせて腕を震わせながら懸命に伸ばす柳生は見ていて可愛いが、やはり忍びない。 「いいえ、お気遣いなく……」 「彼女に傘を持たせる彼氏がどこの世界にいるぜよ?」 「!!」 顔を真っ赤に染めた柳生の手から傘の柄を奪い、仁王は目を細めた。 (やっぱり、柳生はカワイイのう……) 柳生は仁王が恋人らしい行動をとると、未だにこうして初々しい反応をみせていた。 『その気になればヤりたい放題じゃないですか!!』 そりゃ想いの伝わる前は他の男に盗られはしないかと焦っていたし、付き合い始めた頃は隙あらば柳生の処女を頂こうと画策していた。しかし。 (まあ余裕っていうの?) 柳生は仁王の彼女なのだ。急ぐことはない。初で穢れを知らない箱入り娘の彼女に無理強いして嫌われたら、それこそ一からやり直し。今までの苦労が水の泡と消えてしまう。 (もう少し慣らしてから美味しく頂く事にするぜよ) 「……何ですか、ニヤニヤして」 「秘密」 雨はしとしとと降り続け、止む気配はない。二人は傘を差したまま並んで歩いていたが、だんだん柳生がそわそわし始めた。 「どうしたぜよ?」 すると柳生は仁王の肩を指して言った。 「肩、濡れてます」 「ああ、これか」 柳生の折りたたみ傘は些か小さい。二人並ぶと肩がはみ出してしまう。可愛い柳生に寒い思いをさせる訳にはいかないと、仁王はその左肩を濡らしていた。その位どうって事はないのだが、柳生はひどく気になるようだった。 (紳士だからな、柳生さんは) 「構わんよ。俺が柳生の傘に入れてもらっている訳だし」 「でも……」 「――じゃあ柳生、もっとこっちに寄りんしゃい」 「えっ」 仁王と柳生の間にはほんの僅かだが隙間があった。仁王はニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。 「もっとくっついて歩こ?そしたら二人とも濡れないと思うんじゃけど」 「あ……」 柳生は頬をほんのり染め、恥ずかしそうに俯いた。そしてつつつ、と少しずつ寄ってきたが、距離を図りかねているのだろう、身体を触れさせてはビクッと肩を震わせ離れる。それを何度も繰り返した。 (昔はそんな仕草、見せなかったのにのう……) 彼氏彼女の関係になり、仁王を異性として意識するようになったのか。そんな柳生の緊張が愛おしく、仁王は道路脇のフェンスに柳生の身体を押し付けた。 「ちょ!仁王くん!?」 「大丈夫大丈夫。傘に隠れて見えないナリ……多分?」 「多分って、貴方――…」 焦る柳生に構うことなく、仁王は口唇を柳生のそれに寄せた。その時。 バシャーン!! 「……」 「……」 二人の後ろを通り過ぎた大型トラックが道路に溜まった雨水を跳ね、二人の身体をぐっしょりと濡らした。 「……仁王くん」 「おん。悪かったナリ……」 「あら、柳生君。いらっしゃい……って、どうしたの!?二人とも泥だらけじゃない!!」 「おん……」 「こんにちは。すみません、いきなり押しかけてしまって」 ずぶ濡れになった二人は、近い仁王の家に向かった。そして玄関の戸を開けた途端、仁王の姉が中から顔を出した。 「姉ちゃん、帰ってたんじゃな。丁度良かった、タオル持ってきてくんしゃい。家に上がると床を汚してしまうからのう。勿論柳生さんの分もじゃ」 「申し訳あり……くしゅん!」 「やーぎゅ、寒いの?」 大丈夫ですよ、と言う柳生の身体を仁王はムギューっと抱き締めた。そんな二人の様子を見て、仁王の姉は静かに言った。 「――アンタ達、靴脱いで」 「え?」 「いいから、靴」 二人は首を傾げながらも素直に靴を脱いだ。すると仁王の姉は二人の首根っこを掴むなり、家の中に引き入れた。 「姉ちゃん!?」 「お姉さん、あの……」 そのまま彼女は二人を引き摺り、ある一室へと押し込んだ。 「ここは……」 「……風呂場、じゃよ」 二人が入れられたのは浴室だった。一瞬にして全身を赤く染めた柳生を見て、仁王は慌てて姉に抗議した。 「姉ちゃん!風呂はいいから、タオルをくんしゃい!!」 「何言ってるの。その泥、タオルで拭いたくらいで取れるとは思えないわよ。それに身体だって冷えてるでしょ」 「じゃあ柳生!お前さんが先に入りんしゃい。俺は後から入るから、な?」 「馬鹿!そんな汚い格好で家の中をウロウロされたら、お掃除大変じゃない!!」 「でも、その、何じゃ……」 尚も引き下がらない仁王とその後ろで俯いている柳生に、仁王の姉は何なのよアンタ達?と怪訝な顔をした。 「男の子同士でしょ。二人で風呂に入るのに、何か問題でもあるの?」 「!!」 (……マズい) 何か他に良い手はないかと思案する仁王の腕を、柳生がそっと引っ張った。 「柳生さん、あの、」 「……一緒に入りましょう、仁王くん」 「は!?」 狼狽える仁王に、柳生は小さく頷いた。 「このままでは二人とも風邪を引いてしまいます……私なら、平気ですから」 「……いいの?」 「はい」 柳生は顔を伏せたまま、仁王を掴んでいる手にキュッと力を込めた。首筋を流れる雫が目に入り、仁王はゴクリと息を呑んだ。 ――……これ何てギャルゲー? |