(自覚した時には失恋してたなんて、間抜けだのう)

俺は屋上に向かって駆け出した。教室に戻るなんて無理じゃ――涙の止まらないこんな状態では。

(幸せになって、やーぎゅ)

ズズ、と洟を啜り上を向いたその時。教師の怒鳴り声が階下から聞こえてきた。

「柳生!コラ、教室に戻れ!!」

(――え?)

後ろを振り向くと、そこには柳生の姿があった。

「ちょ!柳生!!何でついて来るんじゃ!?授業中じゃぞ、戻りんしゃい!!」
「それは貴方だって同じでしょう!?」

柳生は息を切らしながら猛烈なスピードで階段を駆け上がってきた。俺は必死で逃げた。

「授業サボっていいんか、優等生!!」
「勿論いけませんよ!?いけませんが、泣いてる貴方を放っておける筈ないでしょう!!貴方は、私の大切な友人なのに」

――友人……!

「友人じゃ駄目なんじゃ!!お前の、お前さんの一番じゃないのなら、ついて来んなし……!?」
「――仁王くん!!」

後ろを振り向いた途端俺は足を踏み外し、受け止めようと身構えた柳生もろとも階段を転げ落ちた。

「柳生!怪我はなか!?」

俺は下敷きにしてしまった柳生を慌てて抱き起こした。柳生は大丈夫です、と関節を動かして見せた。俺はホッと胸を撫で下ろした。

「貴方は?」
「俺も大丈夫じゃ。すまん」
「いいえ。こちらこそすみませんでした、貴方を追い詰めるような真似をして」

柳生は俺の腕の中から身体を起こし、俺と向き合うような格好で踊り場の床に正座した。開け放たれた窓から光が差し込み、柳生の髪をいつも以上に明るく見せていた。

(髪の毛がキラキラ光って綺麗じゃあ)

サラサラと、柔らかい風になびくそれに誘われるように俺は手を伸ばした。しかし柳生の方が先だった。

「髪、グシャグシャですね。いつも結わえているのに、今日はどうしたのですか?」

校則違反だと、怒られるかと思ったのだが、柳生は何も言わず只その白く細い指で俺の髪を優しく梳いた。静かに繰り返されるその動作に、俺は世界に二人しかいないような錯覚に陥った。

(でも、違うんじゃ。柳生の心には、既に)

「触るんじゃなか!」

俺は柳生の手を跳ね除けた。柳生は表情を険しくするでもなく、目をパチクリとさせた。

「教室に戻るんじゃ、柳生。一人にしてくんしゃい」
「帰りません。言ったでしょう?泣いてる貴方を放っておけないって」
「友人ち思っちょるからか?それなら尚更じゃ――」

そして俺はヤツの両肩を掴み言った。

「俺は、お前さんに失恋して泣いとるんじゃからな!!」
「……え」

柳生は凍りつき、息を呑んだ。

(終わった、何もかも)

又も涙がぽろぽろ零れてきた。涙腺をコントロール出来ず、俺は柳生に背中を向けた。

「だから、早く帰りんしゃい」
「――待ちたまえ、仁王くん」

柳生は俺の眼前に回り込み、そしてポケットからハンカチを取り出して言った。

「私、これまで貴方に告白された覚えもなければ、振った覚えもありませんが」

そしてヤツはハンカチで俺の頬を優しく撫でた。俺はしらばっくれるんじゃなか!とその手を払った。

「お前さん、昨日俺との約束を破って、彼女とスポーツ用品店でデートしてたじゃろ!!」
「……あっ」

柳生は思い当たる節があるのか、一瞬動きを止めた。そしてごめんなさい、と頭を下げた。

「それ、私の妹です」

――へ?

「妹!?嘘じゃろ!!」
「本当ですよ。お疑いであれば、今日にでも私の家に御招待致しますが……」

申し訳なさそうに曰う柳生に、俺はガックリと肩を落とした。

「べ、ベタ過ぎる……!」
「そうですね……」
「じゃあ柳生さん、今フリーなの?」
「ええ。いませんよ、彼女」

柳生はやや顔を赤らめ、視線を逸らした。そしてぽつ、ぽつ、と話し始めた。

「昨日は約束をキャンセルしてすみませんでした。少しでも早く、自分のラケットを手に入れたかったんです」
「自分のラケット、って……」
「両親に、テニス部に入りたいって再度お願いしてみたんです。勿論最初は反対されましたが、一生懸命説得して最後には首を縦に振ってくれました」
「マジで!?」
「ええ。今日の放課後、早速入部届を出しに行こうと思っています」

そして柳生はニッコリと微笑んだ。

「仁王くんのお陰です。テニスの楽しさを思い出させてくれたから、私、頑張ることが出来たんです」

――……!

「じゃあ、明日から部活でも柳生と一緒に居れるんじゃな!?」
「そういう事に……なりますね」

俺は柳生に頬を寄せた。柳生は赤面し、俯いた。

「仁王くんが私の事をそんな風に想っていて下さったとは知りませんでした。だから私はそれに対する明確な答えを今は持ち合わせていません。ですが――」
「……やーぎゅ。チューする時は目ェ瞑るモンだって知ってた?」

そう言って、俺は柳生に口付けた。すると柳生は慌てて目を瞑った。

(可愛いナリ……ちゅうか、嫌がらないのう……)

眉間にシワが寄る程力入れなくてイイから、とか、そんなにキツく口を閉じてたら息止まる、とか

(まあ、ぼちぼち教えていくぜよ)

柳生の背に何処までも蒼く澄み切った空が見えた。俺はその身体をギュッと抱き締めた。









   



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