「おっす!仁王」
「おう、ブンちゃん。おはようさん」

夏の朝は冷えるけど嫌な寒さじゃない。どの季節よりも澄んだ高い空を見上げ、俺は上機嫌で学校への道を歩いていた。

「たまには朝練がないってのもいいよな!久々にチビ達の朝飯を作れたぜい」
「俺はいつも朝練なんぞ爆発してしまえと思うがのう」

ところで仁王、とブン太は周りをキョロキョロ見回すと声を潜めて言った。

「D組の彼女と別れたってマジ?」
「おん。情報早いのう」
「まだ付き合って一週間も経ってないだろぃ……ホント長続きしないのな、お前って」

ブン太ははあ〜っと大袈裟な溜め息をついた。

「来る者拒まずって言やあ聞こえがイイけど、告白される度にカンタンに応えちゃうってどうなの。期待させるだけさせといてあっさり捨てるとか、良心痛まないワケ?」
「何?モテない男のヒガミ?」
「ちっげーよ!」

阿呆か!とブン太は俺の頭をグーで殴った。

「ヒドいブンちゃん!DV!!」
「いつお前は俺の嫁になったんだよ!俺は愛のある結婚をするの!!」
「どーいう意味じゃ」
「だってお前、好きでもない相手と簡単に結婚しそうだもん」
「まあ、否定は出来んのう」

ブン太は一瞬何かを言い掛けたが曖昧な表情で濁し、ポケットからフーセンガムを取り出し口に含んだ。前から思ってたんじゃがソレ、オッサンが煙草吸うみたいなもんかのう。

しょうがないじゃろブンちゃん。自分よりも誰かが大切とか執着するとか理解出来んもん、俺。他人に深入りしたりされたりするのってめんどくない?でもオンナノコはふわふわ柔らかくて気持ちイイからのう。表面上の浅いおツキアイなら苦にならんし上手く渡り歩きましょうち思っとるんじゃが、それじゃ納得せんのじゃろな、恋に夢見るブンちゃんは。

そんな俺に呆れたのかな、ブン太は言葉を発する事もなく、ぷぅとフーセンガムを膨らませた。と、その時。

「……丸井君。登下校時の飲食は校則で禁じられているのですが」

(――出た。堅物め)

中学生にしてはいやに落ち着いたその声に、俺の機嫌は降下した。

「へえ、今日の登下校パトロール当番はお前なのか。朝も早くからゴクローさん、風紀委員サマ」
「私の話を聞いていますか丸井君。ガムを噛むのは止めたまえ」
「へーへー」
「きちんとティッシュに包んで捨てて下さいよ」

いいですね、と奴は神経質に眼鏡を光らせ念を押した。

「仁王君、逃げないで下さい。貴方もです」

(チッ)

「何度言ったら判るんですか。その派手な髪、襟足を切って黒に戻したまえ」

ああもう、清々しい朝は何処行ったんじゃ、最悪ナリ!奴――柳生比呂士と出食わすなんて。

成績は学年でもトップクラス、親は医者じゃったかのう……センセーたちの覚えも目出度い優等生じゃ。確かクォーターか何かだったか白い肌に色素の薄い髪、メガネの下はそれはもうえらいこと美人じゃと、女どもがぎゃあぎゃあ騒いどった。物腰も柔らかく親切でいい人、なんて言われちょるらしいけど、どこがぜよ。

「行くぜよ、ブン太」
「お、おい、仁王!」

さっさと退散するに越したことはない。何しろ奴の説教は長いのだ。俺は目を合わせる事なく再び歩を進めた。

「おい、仁王ってば!」

ブン太が慌てて追いかけてくる。

「無視するとかお前、そんなに柳生の事嫌いだったっけ?」
「違う。柳生が俺らに敵意を持ってるんじゃ」
「え?」

気づかないかな、ブンちゃん。アイツ、特に俺らには厳しいんよ。単なる不良に対する嫌悪感じゃなくて……








……何じゃろうな。




   



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