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02 誘ったのはどっち?@


微かに聞こえる甘いラブソングを小さく口ずさみながら、リズムに合わせて只管に手を動かす。
脱衣所に置いてあるスマホから流れてくる音は扉一枚隔てているせいで時折メロディが聞き取れなかったけれど、お気に入りだけを集めたプレイリストはどれも自分の気分を上げてくれたので、単調な掃除も飽きずに楽しく出来た。


「よし」


このくらいでいいだろう。ぐるりと全体を見渡して、一人満足げに頷く。
泡だらけになった浴室は自分の家のものよりも広く、置いてあるものも少ない。彼の事だから常日頃から綺麗にしてあるとはいえ、ここまで本格的には出来ないだろうと思い掃除してみたが、やり始めたらとことんやる。という自分の性格上、ちょっとやりすぎた感は否めない。音楽が既に何曲目のものか分からないくらいだから、随分と時間が経ってしまったようだ。

これが終わったらコーヒーでも淹れて一息つこう。確か読みかけになっていた本があったから、続きを読むのも良いかもしれない。なんて、まるで自分の家のように寛ぐプランを頭の中でたててから、低い水温に設定したシャワーを勢いよく出した。

スポンジの泡を落としてから、手足についた泡を落とす。そして、壁に向かってシャワーを向ければみるみると泡が流れ落ちていった。この、泡が消えていく爽快感が堪らない。なんて前に溢した時「どれだけ掃除が好きなんだ」と若干呆れたように返されたのは良く覚えている。掃除が好きなのは否定しないけど、前提として零の役に立ちたいんだという事を零は分かっているんだろうか。なんて、きっと愚問だな。

鼻歌で直前まで流れていた曲を奏でながら泡を落とし続けて、漸く後は床と浴槽を残すだけになった時。突如勢い良く真横の扉が開かれた。


「ひゃっ」
「うわっ」


ビクッと肩が跳ねる程に驚いた私は、シャワーを手にしたまま体ごと振り返ってしまって。扉を開けた張本人である零へ、思いっきりシャワーの水を掛けてしまった。

今日帰ってくる予定だっけ。とか、連絡したけど返信なかったよね。とか、色々な事が頭を過ぎったけれど、それは全部今起こった出来事からの逃避でしかなくて。引き攣った顔を何とか持ち上げて笑いを作りながら、「ご、ごめん」と小さく謝った。

ポタリポタリと零から落ちていく雫。俯いているせいで表情を窺う事は出来ないが、何も言葉を発しないところを見ると、もしかして怒っているんだろうか。


「随分なお出迎えだな」


そう不安に思ったのも束の間。濡れた髪を後ろに掻きあげるような動作と同時に上げられた顔。濡れているせいか、妖艶な雰囲気を漂わせる仕草にドキリと心臓が脈打った。
僅かに目を細めながら私を見る瞳と、挑発的な笑みが作られた唇。まるで誘われているような気さえしてしまう零の表情に、コクリと息を呑み込んだ。


「ごめんね・・・風邪引くといけないし、このままシャワー浴びる?」
「ああ・・・そうしようかな」


ただ、水を浴びせてしまっただけ。それなのに、どうしてそんな雰囲気を醸し出してくるんだろう。私がただ意識しているだけかもしれないけど、心臓に悪すぎる。
ドクドクと煩く鳴る心臓は一向に落ち着かなくて、動揺を悟られないように必死で平静を装いながらお風呂場を後にしようと零の横をすり抜けた。いや、すり抜けようとした。
けれど、腕を掴まれた事でそれは叶わずに、更には逆方向に力を掛けられて簡単に引き戻されてしまう。
トン、と優しく壁に押さえつけられて、今度はもう動揺を隠せなかった。
視線は斜め下に固定され、目の前の零を見ることが出来ない。


「零・・・風邪、ひくから」
「それは茜の方だろ?」
「なに・・・」
「何て格好してるんだ」


頬に当てられた零の手の平がゆっくりと下がっていき、肩を撫でる。肌を直に触れていく零の手の体温を感じて、漸く今の自分の格好を思い出す。
お風呂掃除をするからと、邪魔な髪の毛は高い位置にシニヨンで纏め上げ、濡れないように着ていたシャツは脱いでキャミソール姿に。スカートとストッキングも脱ぎ、持ってきていたショートパンツに履き替えていた。


「だって、掃除するから・・・」
「それだけ?」
「うん・・・、っひぁ」
「何だ。誘ってるのかと思った」


露になっている首筋をぺろりと舐められて肩がピクリと跳ねる。誘う、だなんて・・・零が帰ってくることすら知らなかったのにする訳が無い。動き易さで選んだだけだ。なのに、否定しようとしても躊躇なく触れてくる熱い掌に言葉が出てこない。

太腿に置かれた手は大胆に肌を撫で上げていき、柔らかな唇は相変わらず首筋にちゅ、ちゅっとキスを落としながら時折軽く吸い付いた。そして、剥き出しの肩に置かれていた手がそうっと動き、一本一本の指先を意識させるような仕草で首筋から鎖骨へと伝う。そのままゆっくりとした動作で指先に肩紐を引っ掛けると、いとも簡単に肩から外してしまった。
支えが無くなった頼りない状態でグッとキャミソールを下着ごと引き下げられれば、いとも簡単に曝け出されてしまう胸。咄嗟に隠そうと動いた私よりも零の方が速く、大きな手に包み込まれる。
日に焼ける事のないその場所は生白くて、褐色の肌とのコントラストが浮き彫りになっているのが、何だかとてもいやらしかった。


「零、まって・・・」


流されちゃいけない。ここはお風呂場だ。零も私も歯止めが利かなくなってしまったら色々と大変だろう。そんな理性が働いてグッと零の胸を押し返したが、触れた箇所から伝わってきたヒヤリとした感覚に先程の事が思い起こされる。
逃げていた視線を零へと向ければ、私が水を掛けてしまった事によってシャツがピタリと張り付いてしまっていた。


「ホントに風邪引いちゃうよ」
「・・・あぁ」
「それに・・・ここは嫌だ」


零が一歩離れたのを良い事に胸を手で隠しながらそう言うと、微かな笑い声が耳へと入る。何だか全て見透かされているみたいで悔しくて、ムッとした視線を向けてみたが、僅かに細められた零の目とぶつかり、色素の薄い瞳に捉えられるとそれ以上何も言う事が出来なかった。
楽しそうに口元に弧を描きながらシャツの裾に手を掛けた零は、躊躇なくシャツを脱ぎ捨てて褐色の肌を露にする。甘い顔立ちに似合わない鍛えられた体が視界いっぱいに入ってきて、思わず目を逸らしてしまった。

そんな私の行動が面白かったのか、クスクスと笑いを溢しながらも腰を引き寄せられて肌が触れ合う。隙間なんて無く、密着した身体にドキドキと心臓が暴れだす私を余所に、耳元に唇を寄せてきた零は、


「ベッド、行こうか」


とびきり甘い声で囁いた。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。



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