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01 夕焼け色に染められて

今日はいい天気だし、お布団干しちゃおうかな。その間に掃除機かけて、冷蔵庫の中身が大丈夫かチェックしよう。頭の中でやる事を箇条書きにして並べて、キーケースから何の装飾もない簡素な鍵を差し込んで中に入った。


「お邪魔しまーす」


誰も居ない事が分かっているのについ言ってしまうのは、ここが私の部屋ではないからで。いくら合鍵を貰っていていつでも入っていい許可を得ているとは言っても、未だに我が物顔で上がり込む事が出来ずにいる。今日も念のため連絡だけは入れてあるし。それに対しての返信はなかったけどね。
部屋の中へ踏み込むと、少し淀んだ空気を感じてまずは窓を開け放つ。サァッと柔らかい風が流れ込んできてカーテンを揺らし、部屋の中の空気が一掃される気がした。

しかし、最近ちゃんと帰ってきているんだろうか。空気もちょっと籠っているし、生活している様子があまり感じられない。珍しく置かれたままになっているマグカップと、ソファに掛けられたワイシャツだけが唯一ここの家主の形跡を示している。

まあ、ああだこうだ考えても仕方がない。彼が多忙なのは重々承知しているし、それを嘆いたところで今更だ。忙しい彼に変わって何か出来る事がないかと考えた結果、手が回らない掃除などを引き受ける事になったんだし。
これだって、彼が頑なに拒否するのを私がかなり無理を言って押し通した結果だ。


「よっし、やりますか」


気合いの腕まくりをすると、頭の中の箇条書きの通り一つ一つこなしていく。
シーツを剥いで洗濯機に突っ込んで中に入っているものと一緒に洗い、布団はベランダに干しておく。軽く掃除機を掛けてから置きっぱなしだったマグカップを洗って、ワイシャツはクリーニングに出すだろうから袋の中へ。と、基本的に綺麗な彼の部屋ではここまでやっただけで既に手持ち無沙汰になってしまった。

仕様がなく間を持たせるために彼の本棚の中から読み途中になっていた本を抜き、ソファに腰かける。すると、何ページか進んだところで洗濯機が音を立てたので、干すついでに布団を取り込んだ。


「よい、しょっと」


シングルの自分の布団とは違い、ダブルの布団はかなり重く持ち上げるのだけで精一杯。下に擦らないように何とかベッドまで運んだが、布団と一緒にベッドへ崩れ落ちてしまった。けど、ふかふかの感触に受け止められて、感じるのは温もりとお日様の香り。包み込んでくれるような心地良さに思わず顔が緩む。
シーツはまだ乾いていないけど、ちょっとくらいならいいよね。一度受けた誘惑に勝てそうにもなく、布団を敷いてから大の字になって寝転がった。
どうして干したばかりのお布団はこんなにも気持ちがいいんだろう。読みかけの本もどうでもよくなってしまうくらい、縫い付けられたように動けない。
もう少しだけこのままで。そう思ったが最後、重くなる目蓋に従うまま、ゆっくりと意識を手放した。



「ん・・・」


何かが触れる感触に意識が浮上する。ああ、寝入っちゃったんだ。と自分の状況を把握するとともに、優しく頭を撫でていく手に気づく。何度も髪の毛を梳くようにゆっくりと滑り落ちていく手が誰のものかなんて考えるまでもない。
擽ったくて、嬉しくて。胸の奥からじわりと滲み出るような幸せを噛み締めたくて、目が覚めたのに寝た振りをした。と言っても、彼はとうに気付いているだろうけど。
その証拠に手は頭から離れて、指先で頬を擦り、むにりと摘まれた。


「ふふ」
「ただいま」


耐えきれなくて笑ってしまった時、頭上から落ちてきた声にゆっくりと目蓋を開けば、柔らかな微笑みを浮かべた零が視界いっぱいに映る。ああ、もう、堪らないな。


「おかえり。帰ってきたんだね」
「部屋、綺麗になってる。ありがとな」
「零の部屋いつも綺麗だし、大したことしてないよ」


陽の光が入ってきていた室内はいつの間にか夕暮れの赤みを帯びた光に変わっていて、思ったよりも長く寝ていた事に気付かされる。干していた洗濯物もすっかりと乾いているだろう。


「今日はもう仕事終わったの?」
「ああ・・・着替えに帰ってきただけだ。まだ別件が残ってる」
「そっか。頑張ってね」


偶然だとしても、こうして彼の部屋で二人きりになったのは随分と久しぶりだ。もしかしたら、という思いで聞いてみたけれど、やはりそんな都合のいい事は起こらないらしい。


「まいったな・・・」
「ん?」
「茜にそういう顔されると、行きたくなくなる」
「んっ」


どんな顔してた?と聞き返そうとしたのに、腕を掴まれた瞬間塞がれた唇。それによって言葉にならなかった声が漏れる。驚いたけれど、久しぶりの柔らかな感触と温かな体温を拒むわけもなく、零へと腕を回して応えれば、少し開いた隙間からするりと舌が侵入してきた。

ちゅく、と音をたてながら舌を絡めとったと思えばすぐに離れていき、また同じように絡められる。まるで遊ぶように繰り返される行為に自然と肩の力が抜けた。


「っ、」


するとその瞬間を待っていたとでも言わんばかりに、深く差し込まれた舌に呼吸を奪われる。思わず零に回した腕に力を込めたけれど逆効果だったらしく、官能的に舌を絡められて体が震えた。舌先で上顎を擦られる度に腰の辺りからぞくぞくと快感が走り、唇や舌を軽く吸われる度に必死で酸素を取り込んだ。
起こしたはずの体はいつの間にかベッドへと戻っていて、零の体重が軽くかけられていた。

唇は熱くて、触れ合った部分から溶けてしまいそうだ。微かに感じる息遣いも熱くて、零の体もまた、熱い。いっそこのまま溶け合ってしまえたらいいのに。


「はあっ」
「茜・・・」


けれど、そんな事はある筈もなく。軽いキスを何度か落とした後に離れていった唇をぼんやりと見つめていれば、緩く弧を描いた。


「仕事終わらせたら真っ直ぐ帰ってくるから」
「・・・ん」
「今日は帰らないでくれ」


もう一度されたキスは、少しだけ舌を吸ってから離れていく、この先を匂わせるもので。自然と零の言葉の裏側も読み取れてしまう。


「・・・分かった。ご飯は?」
「お願いしようかな」
「ん。寝てたら起こしてね」
「ははっ、了解」


零が引き止めるような事を言うのは珍しいけど、きっと私のためだろう。勿論断るわけなんてないし、嬉しくて緩む表情を引き締めようと必死だ。

でも、私から離れていった零の切り替えは流石で、私が掴んでしまったせいで少し乱れてしまったシャツを整えてからジャケットを羽織り、ピシッとスーツを着こなした姿は先程までの甘さは感じられない。


「じゃあ行ってくるよ」
「・・・うん」


玄関へ向かう零の後を追うと、流れる動作で靴を履き、躊躇いなく出ていこうとした後ろ姿に物悲しさを感じて、ついスーツの裾を引っ張ってしまった。
咄嗟の行動だったから何も考えていなかったけれど、不思議そうにこちらを振り返った零を見た瞬間に悪戯めいた事が頭を過ぎる。
それを実現しようと零の腕を両手で引っ張り身長差を縮めると、近づいた頬に唇を押し当てた。


「い、いってらっしゃい」


思いの外柔らかかったな。なんて考えたのも束の間。すぐになんて事をしてしまったんだという羞恥が込み上げてきて、慌てて見送りの一言を口にした。

零はと言えば、初めはきょとんとしていたものの、私の焦りようが面白かったのか声を殺しながら笑っていて。それが益々恥ずかしい。

赤くなった顔を誤魔化すように俯いていたけれど、するりと後頭部に回された手に顔を上げれば、軽く触れた唇がちゅっと音を立てて離れていった。


「・・・いってきます」


パタン、と閉まった扉を見つめること数秒。膝の力が抜けてその場に座り込んだ。
ああ、もう。思いつきとはいえ、慣れないことなんてするんじゃなかった。
余韻だけが残る唇を押さえれば、先程の事が鮮明に思い出される。これじゃあ零が帰ってくるまで、零で脳内が支配されそうだな。なんて、一人玄関で笑いながらもう一度「いってらっしゃい」と小さく呟いた。

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