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ペテンの鱗を絵空事にしないで 01

中学生の恋なんて、実際にその男の子がどんな人かなんて知りもしないでトキメクものだ。顔がいい、スポーツができる、頭がいい、優しい。なんでもいいのだが、多分一番多いのは顔だろう。
かく言う私も顔で惚れたタイプの内の一人。
降谷零くん。
たぶん、同じ学校の女子のほとんどが彼に惹かれていたのではないだろうか。そんな彼とは同じクラスになってもほとんど話した事なんてなくて。まして告白なんてできるわけもなかった。
大人になった今に思えばいい思い出の一つ。同窓会などにも一切参加しない彼とはそれきり会う事も無く。私も幼かったな〜なんて振り返る要因でしかないと思っていた。そのはずだった。


「いらっしゃいませ。奥空いてますよ」


感じのいい接客ボイスに会釈で返しながら今日もカウンターの端へと座る。
褐色の肌に色素の薄いクリーム色の髪。昔よりも男らしさの増した端正な顔立ち。10年以上会っていなかったのに一目で彼だと分かったのは、前日に友達と昔話に花を咲かせたばかりだったからだろうか。
本人の意思とは関係なく速度を増す心臓に苦笑いしながら席へ着いたが、カプチーノをオーダーした声がおかしくなかったことを祈るばかりだった。
きっと彼は私の事なんて覚えていないだろう。だからあえてこちらから話を振る事はしなかった。
ただ好きだった人に会えた。それだけで満足していた私に、それ以外の要因を作ったのは常連さんらしき人達から次々と呼ばれる彼の名前。


「安室さん!」


一瞬誰の事を言っているのだろうかと思った。この日は彼しかカウンター内にいないのに。それなのに、降谷くんは当たり前のように安室という名に返事をするじゃないか。
どういうことだ。
正義感が強くて賢い子だった降谷くんが、まさか偽名を使うようなナニカをしているのだろうか。
きっとこの時の私は彼をすごい顔で見ていただろう。でも致し方無いと思うんだ。その場で降谷くんではないのかと聞かなかっただけでも頑張ったと思う。

でも、だからこそ余計に気になってしまった。
あれから暇を作っては足しげく通う私は顔もしっかり覚えられ、好みのコーヒーの味まで把握されてしまうほどだ。
初日に居なかった梓さんという女性ともそれなりに親しくなれたと思う。
安室さんこと降谷くんとは他愛もない話をするだけで、疑問を解消できるような質問は一切していない。なんとなくだけど、してはいけない雰囲気をしていたから。


「今日はお疲れですか?顔色が優れませんが」
「少しダルさを感じていますが、明日は休みなので大丈夫です」


だったらこんなところで油を売っていないでさっさと帰れって話なのだが。せっかくココに来るために迅速に仕事を終わらせてきたのに、そのまま帰るのは忍びなかったのだ。
かと言って降谷くんに風邪をうつしてもいけないのですぐに帰ると伝えれば、「あまり無理はなさらず」なんて言葉と共に蜜柑が差し出された。風邪にはビタミン、という事なのだろう。有り難く頂戴しながらも昔の彼との違いに困惑する。

始めは接客だからかな?と思っていたけど、話し方も、態度も、昔の少し自信家な彼からは程遠くて、もしかしたら本当に別人なのかとさえ思えてくるほどだ。
だがしかし、こんなイケメンがそんなにいてたまるか。
にっこりとほほ笑んでくる彼に微笑み返し、残りのカプチーノを一気に飲み干した。


「ご馳走様です。蜜柑、ありがたく頂きます」
「いえいえ、風邪は引き始めが肝心ですからね。また元気な顔を見せに来て下さい」


あぁ、なんてうまい接客トーク。これは回復したらすぐに来なくてはという気にさせてくる。
昔の降谷くんだったら何て言うかな?「治ってからしか来るなよ」くらいかな?なんて考えていたのがいけなかった。


「はは、ではふる・・安室さんに治った報告しにきますね」


お釣りを受け取りながら咄嗟に言いそうになった彼の名前。言い切る前に訂正はしたが、完全に言い間違えた事がバレるやつだ。
ただ誰かと名前を間違えたと思ってくれたらいいな‥なんて淡い希望を持ちながら、受け取ったお釣りに向けていた視線を目の前の彼の顔へと移す。

降谷くんの笑顔はピクリとも動かず微笑まれたままだったが、なぜか背筋にゾクリと悪寒が走った。
熱でも出るかな、とか思えたなら良かった。違う、これは風邪による寒気なんかじゃない。
受け取ったお釣りを握りしめたまま足早にポアロを出たが、いつまでも彼の視線が背中に突き刺さっているような感覚が続いた。

あぁどうしよう。やっぱり安室さんは降谷くんで、降谷くんはNGワードだったのか。
先程の感覚を思い出すだけで冷や汗が流れるなんて・・・次に顔を合わせるのが少し怖い。
だが引っ越してまだ間もないうえに、降谷くんを見つけてからポアロにしか通っていなかったから、このまま行き辛くなるのは嫌だな。


「・・・明日、行ってみようかな」


こういうのは時間が経てば経つほどと余計に行き辛くなるし、なにより私が気になってしまって落ち着かない。
明日行ってみて、もし降谷くんが怪訝そうにしたのなら、降谷くんのシフトが入っていない日を狙って行こう。

そう心に決めてみたのだが世の中は非情にできているようだ。

朝起きた時には悪寒では無い寒気に襲われ外出ができる体調ではなくなっていた。
そういえば少し前からダルくて、昨日も風邪をうつさない様に早く帰ろうとしていたのだったと思いだす。できれば昨夜寝る前に思い出して、きちんと髪を乾かしていたら悪化しなかっただろうか。

一人暮らしでの風邪は心身ともに堪えるなと思っても助けてくれる人が居るわけでもない。大人しく薬を飲んで布団をかぶれば土日なんてあっという間に終わってしまい、また忙しい平日がやってきてしまった。
そうなればなかなかポアロへ顔を出すタイミングがなく、結局はアレから一週間が経ってしまった。


「いらっしゃいませ。奥の席開いてますよ、山崎さん」


恐る恐る、というほどでもないが勇気を出して開けたドアの向こうには、いつも通りの完璧な笑顔で出迎えてくれる降谷くんがいた。
言われた通りにいつもの席へ着き、いつもの様にカプチーノをオーダーする。その間も降谷くんは穏やかな笑顔のままで、前回の様な悪寒がするような雰囲気はまとっていない。
もしかしたらこの間の悪寒は気のせいで、降谷くんはそんなに気にしていないのではないだろうか。


「元気になったんですね」


カチャ、っと小さな音を立てて目の前に置かれたカプチーノから漂う甘い香りにのせて降谷くん声が届く。今日は梓さんもいらっしゃるがどうやらコレは降谷くんが入れてくれたようだ。


「あ、はい。あれから三日ほど熱が出ましたがもう元気になりました」
「それはよかった。いらっしゃらないから風邪がひどくなったのだろうと案じていたんですよ」
「ご心配をおかけしまして」
「いえいえ、僕が勝手に心配しただけですから。やっぱり山崎さんは元気な笑顔が似合うので」


あぁ・・なんてことをサラリと言うんだろうこの人は。こうやって言葉巧みに持ち上げるから女性客が増えるんだな、なんてことを思いながらも赤くなりそうな顔を隠す為カプチーノへと口を付ける。
今まであまり私にはこういう事を言ってこなかったのに今日はどうしたと思考を巡らしたところで気が付いてしまった。


「どうかされましたか?山崎さん」


先程から目の前でにこにこと笑っているこの人。やたらと今日は名前を呼んでくるけれど


「・・・・私、安室さんに名乗った事ありましたか?」


その問いの答えが耳に届く事は無かった。

かわりに私に届いたのは、前回と同じ冷や汗が出るほどの悪寒。
眼を細めほほ笑む降谷くんから視線を逸らす事が出来なかった。

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