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04

お互いの存在を確かめるように名前を呼び合った後、「また、会えたね」と口に出した言葉は微かに震えてしまった。だって、本当に一也が目の前に立っていると思っただけで何だか泣きそうになってしまったから。

ずっと、会いたいと願っていた。漫画の中じゃなくて、あの一週間の時の彼に。でも、どんなに願ったところで非現実的な出来事がそうそう起こる筈もなく、叶うことの無い願いだと思っていた。なのに・・・今こうして一也が目の前に居る。その事実を上手く受け止められなくて、ただジッと一也を見据えた。

あんなに会いたかった筈なのに、いざ会うとどうしていいのか分からなくて、自分に都合の良い夢でも見ているんじゃないかと疑ってしまう。色々話したい事もあった筈なのに、胸がいっぱいで何も言葉が出てこない。
一也の方から何かを切り出してくれればこの空気も変わるかもしれないが、一也もまた、何も言葉を発する事はせずにただ私へと視線を向けていた。暗闇の中でも、お互いの視線が絡み合っているのがハッキリと分かる。もしかして、一也も同じ気持ちでいてくれているんだろうか。

良く分からない緊張感から渇いた喉でコクリと息を飲み込んだ時、カラン、と金属音が耳についたのを切欠に漸く一也から視線を外した。


「・・・また、バット持ってる」
「え?ああ、自主練って言って出てきたから」


どうやら、金属バットがコンクリートに触れた音だったらしい。一也とバットという組み合わせはあの時と同じだ。初めて会った時もバットを手にしていた一也に随分と警戒した覚えがある。けど今は、一也が置いていったあのバットのおかげで愛着すら湧くから不思議なものだ。毎日目にしていたし、一也の真似して外で振った事もあるんだよね。本人には絶対言わないけど。
もし会えた時には返そうと思っていたのに、私がこちらに来てしまったのならもう返す事は出来ないかもしれないな。


「あの時と一緒だね」
「ははっ・・・そうだな」


初めて出会った時と変わってないんだ。そう思うと自然と笑みが漏れて、肩の力が抜けた。
ふっとお互いを取り巻く空気が和らいだのと同時に、一也の表情からも硬さがとれた気がする。

そこで漸く、当初の目的を思いだした。会いたかったのも勿論だけど、一也に自分が今置かれている状況を話す事で私自身も把握しようと思っていたんだっけ。同じような事態を経験した一也だからこそ分かる事があるかもしれないから。

立ち話もなんだと思い階段の一番上の段に座ると、一也も倣うように隣に腰を降ろした。意外と狭い階段の横幅は、二人が座れば自然と触れそうで触れない距離になってしまう。右半身だけ緊張して落ち着かない気持ちになったが、今はそれどころじゃないと自分の腕をギュッと抱き締めるようにして抑えつけた。


「えっと・・・何から話そう」
「んー、楓ちゃんはどうやってこっちに来たんだ?」
「私も良く分かってないの・・・でも、目が覚めたら知らない部屋に居て」
「やっぱり突然なのか・・・。いつ頃に?」
「ついさっきだよ。一也から電話が掛かってくる少し前にね」


そうか。と、一つ相槌を打った後に黙ってしまった一也。自分の時の事を思い出しているんだろうか。考え事をしている様子の横顔を何となく見つめていると、ふとある事に気づいた。
さっきまでは距離もあったし暗かったから気づかなかったけど、この距離なら一也の顔が良く見える。だから、気付いてしまった。春の終わりに会った頃の一也よりも随分と大人びた顔になっている事に。
それだけじゃない。まだあの時は線の細かった身体もしっかりとしているし、並んで座っている事で身長に差がある事も大体分かる。

男の子って一年近く経っただけでここまで変わるものなの?


「ははっ、見すぎ」
「え、ああ・・・ごめん」


どうやら気付かれるくらいには見すぎていたらしい。苦笑しながら言われた言葉に慌てて顔を前に戻した。じわりと熱をもった頬は、見ていた事を指摘されたから・・・だけじゃない。


「あの・・・電話してくれてありがとう」
「え?」
「一也が電話をくれたおかげで分かった事もあるし、こうして会えたから」


流れ的に誤魔化しているみたいになってしまったが、会ったら言いたかった事の一つを口にした。
混乱している中で掛かってきた電話。その相手が一也だった事で自分の置かれている状況を少し理解する事が出来たし、何より突然放り出されたこの世界で一也という存在がいる事は有難かった。
一也からしたらたまたま掛けた電話が偶然繋がっただけかもしれないけど、私はこの一本の電話に救われたんだ。


「楓ちゃんも・・・」
「ん?」
「俺と同じ、一週間くらいで帰る事になんのかな」


今まで笑みを浮べながら話していた一也の表情がスッと消えて、少しトーンの落ちた声で紡がれた言葉。それに、頭の隅に追いやっていた出来事が蘇ってくる。


「分からない。けど・・・」


あの瞬間を思い出すだけで自然と強ばる体。決定的な所は記憶にないけれど、状況から考えてもう私の元の体は無いと考えていいだろう。帰る事はイコール消える事になるんじゃないか。


「どうした?」
「まだ私もよく分かってないんだけど・・・聞いてくれる?」


自分自身でも整理するために、ゆっくりと話し出した。電車に轢かれた事は口に出したくなかったから、事故にあったとだけ伝えて、それが切欠でこちらに飛ばされたであろう事。
そして、こちらにも松浦楓が存在していた事。


「どういうことだ?」
「この体。私だけど、私じゃないの」


今まで過ごしてきた記憶と同時に、違う記憶がある事。だからこの場所も分かったし、道にも迷わなかった。
多分この体の持ち主の記憶だという事。


「平行世界ってやつなのかな・・・」


詳しくは分からないけれど、以前一也が私の元へと来た時にそんな事象を調べた事がある。
私の元いた世界とこの世界は同軸に存在していて、尚且つ松浦楓という同一人物がそれぞれに存在していた?
そして、元の世界で事故を起こした私は身体を失って、精神だけが飛ばされたのかもしれない。


「憶測に過ぎないけど」
「でも、そうでも思わないと説明がつかないよな」
「そうなんだよね」
「となると、ずっとこっちにいるって事も有り得るな」


ただ、私が気にかかっているのが一也の時と違って体が別の松浦楓のものだという事。つまりは乗っ取ったようなもので、この体が歩むであろうこれからの人生を私が奪い取ったのではないかという懸念。多分、時が経てば経つほどに罪悪感となってのしかかってくる気がする。


「あとこの体ね、青道高校に入学するらしいよ」
「は?それって・・・」
「そう。15歳なんだって」
「更に童顔になったとは思ったけど・・・年下かよ」


重い気持ちを払拭するようにわざと明るい口調にすれば、一也も乗ってくれて再び笑いが溢れた。
まだ分からない事が多すぎし、とりあえず日々を恙無く過ごしていくしかないのかな。

一也と会えて、自分の今の状況を話すうちに何となく気持ちの整理も出来て、これからの事を考えられるようになった。
やっぱり、一也に会えて良かったな。


「これから宜しくね。御幸先輩」


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はい、ここからがスタートです!多分。きっと。ハッピー高校生ライフ!!


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