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05


一年C組と書かれたプレートを確認して、緊張を逃がすようにゆっくりと息を吐く。
二度目の高校生活だなんて、誰が予想しただろう。確かに、仕事で忙しい時とか纏まった休みがない時には高校生に戻りたいだなんて良く思ったものだけれど、いざその状況に陥ると何とも複雑な気持ちだ。
新しい環境というのは何度経験しても緊張が付きまとうし、慣れるまでは気疲れもする。でも、ほんの少しの期待があるのも確かで、ギュッと一度拳を握ってから一歩前に踏み出した。

教室内に入ると、色々なところから向けられる視線。きっと皆同じ気持ちなんだろう。クラスメイトはどんな子がいるのか、カッコいい子や可愛い子はいるのか。友達は出来るだろうか。私と同じ、期待と緊張を含んだ空気が教室全体に流れているような気がする。
真新しい制服を着た時は実年齢を考えると何とも言えない気持ちになったけれど、この体からしたら何もおかしいところは無いはずだ。自分の席を見つけて座ると、他の子と同じように視線を彷徨わせた。
高校三年間を過ごす上で、友達という存在は必要不可欠である。もし私が途中で消えてしまったとしても、この体のために円滑な友人関係を築いておいたほうがいいだろう。家から近い事もあって同じ中学の子も何人かはいるみたいだけど、仲の良い子はいないみたいだし。


『おはよう!私C組だったよ。すごい緊張してる・・・大丈夫かな?』


あまりジロジロと見ても良い印象にはならないだろうと思い、内ポケットからスマホを取り出してメールを作成する。誰かに話したい気分だけど、生憎今の私には話せる相手なんて一人しかいない。


『おはよう。俺はB組。寂しかったら来てもいいけど?』


思ったよりも早く返って来たメールは、打った本人の表情が見て取れるような内容だった。明らかに揶揄いを含んだ最後の一文が何とも一也らしい。


「行くわけないじゃん・・・」


返事の内容がポツリと口に出てしまったので、慌てて口を噤む。
頼れるのが一也一人っていう今の状況はあまり良くないなぁ。早く友達を作って話し相手でも見つけないと、引き返せなくなりそうだ。
あの一週間で抱いた一也への想いは一年間で消化されることなく胸に残ったまま。それがまた会えた事でどんどん膨らんでいるのが分かる。この気持ちを止めようと足掻いたところで無駄だっていうのも経験上分かってる。分かっているからこそ、困ってしまうんだよなぁ。

一也の負担にはなりたくないし、あの時・・・私の家に突然現れた一也が前触れなく消えたように、私にもいつタイムリミットが訪れるか分からないから。と、そこまで考えたところで一つ息を吐き出した。
こちらに来てからというもの、考えごとに没頭してしまうとこうして良くない方向に思考が傾いてしまう。頭の中で色々な想いが複雑に蔓延っているからだとは思うが、こんなに浮かない顔をしていたら出来る友達だって出来やしない。とりあえず今は自分のやるべき事を一つずつやっていこう。そう心の中で決意してから手にしていたスマホを仕舞うと、意識的に口角を持ち上げて笑顔を作りながら前の席に腰を下ろした女の子に声を掛けた。



◇ ◇ ◇



あれから一週間。漸く制服を着るのにも慣れてきて、環境の変化も徐々に受け入れる事が出来てきた。
懸念していた友達の事も特に問題なく、最初は探り探り色々な子と話していたけれど、その内気が合う特定の子と過ごすようになり、気がつけば何組かの女子のグループが出来上がっていることに苦笑する。
そうそう、高校生ってこんな感じだったっけ。なんてどこか懐かしく思いながらも、今はその中にとけ込んでいるのだから不思議なものだ。

カツカツと黒板にチョークを立てる先生の背中を確認してからふと視線を外へ向けた。ここからじゃ野球部のグラウンドは見えないのは分かっているけど、何となく見てしまう自分がいる。新入生が入った事で一也も忙しい毎日を過ごしているのか、この一週間の間メールのやり取りは何度かしたけれど、姿を見る事も声を聞く事も無かった。
学年が違うんだから当たり前の事なのに。声が聞きたい、会いたい。そう思ってしまうあたり、やっぱり足掻いたところで無駄なのかも。


「コラァ!またお前かぁ〜〜」


不意に上がったその声にビクリと肩が揺れて、慌てて視線を前に戻す。授業を聞いていなかった自覚が有るので自分に向けられたものだと思っていたが、先生は突っ伏して寝ている男の子の前に仁王立ちしていた。
確かあの子は・・・沢村くんだ。


「ワシの授業はそんなにつまらんか〜〜え!?沢村ァ〜〜」


先生の声に顔を上げた沢村くんだけど、すぐにまた机の上へと舞い戻ってしまう。それを見てもちろん先生は激怒していたが、クラスメイトたちはまるでコントのような光景に下を向いて笑いを堪えていた。


「ははは、仕方ないっスよ先生。そいつ野球部なんだって」
「なにぃ〜〜野球部だったらなおさら許せんっちゃ!しっかりせんっちゃかぁ〜!!」


野球部という単語に、自然と一也の姿を思い浮かべてしまった事に苦笑する。本当にどうしようもないなと自分自身に呆れながらもう一度沢村くんの方へ視線を向けた時、ふと過去の記憶が甦った。
あの時、たった一度だけ目にしてからずっと避けていたもの。あまりの衝撃だったからか、一年以上経った今でも良く覚えていた。
制服姿しか見たことがなかったから気付かなかったけど、あの漫画の表紙に一也と一緒に載っていたのは・・・沢村くんだったような気がする。


「先生、そいつうちの部員じゃないですよ。そいつ、まだ入部も認められていない見習い部員ですから。俺達と一緒にしないでもらえます?」


同じ野球部なんだろうか。金丸くんが厳しい表情で声を上げると、一気にクラスの空気が不穏なものに変わった。ざわめきが起こり、さっきまで笑っていたクラスメイト達も「なんかかわいそう」と沢村くんに対して同情めいた目を向けている。


「今は誰にも認められてないけどなぁ。いずれ俺は野球部のエースナンバーを背負う男だ!よーく覚えとけ!」


それも、立ち上がった沢村くんが大きな声を張り上げた事で再び笑いに包まれた。良くも悪くも一瞬で空気を変えれてしまうのはムードメーカーだからこそだろう。きっと野球部でも同じように大きな声で存在を示しているのが優に想像出来る。
そういえば私、野球部の事よく知らないかも。
たまに友達との話題で出てくるから青道の野球部が強いという事は知っているけど、どのくらいの成績を収めているのかまでは分からない。いつかは一也が野球をしているところを見たいと思っていたし、今はそれを叶える事が出来る。けど、そもそも試合に出られるんだろうか。人数も多いみたいだし、ベンチ入りするのすら大変なんじゃないの?


「何笑ってんだオヤジ!」


先生やクラスメイトの笑い声を聞きながら、もう一度外へ視線を向けた。
・・・今日、電話してみようかな。
声も聞きたいし、野球部の事とか色々聞いてみたい。一也の事、もっと知りたい。足掻いても無駄なら、自分の気持ちにもちゃんと向き合いたい。そう思った。


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