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02


「っ、はぁ・・・」


目蓋を開くと同時に勢いよく起こした体。呼吸は荒く弾んでいて、じっとりと嫌な汗が全身に滲んでいる。ドクドクと煩く鳴る鼓動は恐怖からだろう。微かに震える指先で心臓の辺りを押さえると、一度強く目を瞑り、ゆっくりと息を吐き出した。

迫り来る電車と死への恐怖。・・・夢、だったんだろうか。
いや、違う。あれは夢なんかじゃない。目蓋を閉じればあの場の異様な雰囲気も、自分の体に走る緊張や恐怖、感覚だって全部鮮明に思い出せる。
夢じゃないとしたら、ここは病院なんだろうか。辺りを見回しても、いつの間にか日が暮れてしまっているらしく、室内は暗くて良く分からない。今いる場所からゆっくりと足を下ろして、数歩歩いて電気を点けた。

あれ?どうして私、ここが電気だって分かったんだろう。
そう思った瞬間、照らし出されたリビングに息を呑む。

今自分が転寝をしていたであろうソファも。食卓もキッチンも何もかも、違う。自分が過ごしていた、彼との思い出が残るあの家ではない。こんな場所、知らない。そう思うのに、この家の間取りも何がどこにしまってあるかも鮮明に思い出せる。
何で?一体どういう事?


『お母さん、受かったよ!うん。第一志望、青道高校』
『青道の制服届いた!やっぱり可愛い』


脳内に次々と流れ込んでくる記憶に頭を抱えて蹲った。母に報告しているのは間違いなく自分だ。届いた制服を着ている姿が鏡に映っている、その顔も私のもの。だけど、私じゃない。
この記憶は何?覚えが無いのに、覚えている。行動も発言も何もかも、私がした事だという記憶はあるのに、身に覚えが無い。混在する二つの記憶に顔を顰めながらもゆっくりと立ち上がった。

先程の恐怖もまだ拭えていないというのに、新たな問題に直面したせいで歩き出す足は上手く力が入らずに震えている。覚束ない足取りのまま迷うことなく洗面台へ向かえば、その鏡に映ったのはやはり間違いなく自分。松浦楓だ。
だけどどういう事なのか。私には変わりないのに、顔立ちはまだ幼いように感じる。
先程から流れてくる記憶の通り、高校入学前・・・15歳、という事なんだろうか。

頭の中で複雑に絡み合う記憶は止まる事がない。20年間生きてきた自分の記憶。
そしてもう一つは・・・多分、この体の記憶だ。


呆然と鏡に映る自分の姿を見て、どれだけの時間が過ぎただろう。突如、現実に引き戻すかのようにリビングで鳴り響いた電子音に肩が跳ねた。
恐る恐るリビングへと戻ると、鳴っているのはやはり私のものではない、私のスマホ。現状が受け入れられなくて叫びだしたい気持ちになったが、ディスプレイに表示された番号を見た瞬間、混沌としていた思考が真っ白に弾け飛んだ。

何度この番号に掛けただろう。掛けても掛けてもコール音が鳴ることはなく、アナウンスだけを流していた番号。
いつしか掛ける事もしなくなったが、嫌な事が有った時などは意味無く表示させて彼を思い出していた。そうして、いつしか覚えてしまった11桁。

彼――御幸一也の番号だった。


「・・・もしもし」


震える指先で通話ボタンをタップする。少しの期待を込めて発した言葉は、気持ちと裏腹に掠れていた。
相手が息を飲んだのが電話越しに伝わってきて、ドキドキと心臓が煩く鼓動を打ち始める。


「一也・・・?」
「嘘、だろ・・・」


久しぶりに声に出して呼んだ名前。それに反応が返ってくるのもまた、久しぶり。
ああ、そうだ。こんな声だった。機械を隔てているせいで多少違うけど、忘れかけていた一也の声が蘇ってくる。


「楓ちゃん・・・何で」
「一也・・・会いたい」


戸惑いを満ちたように発せられた自分の名前に、胸が締め付けられるような感覚を覚えて、ぶわりとこみ上がってきた涙を息を飲むことで堪えた。

決して繋がらなかった電話が、繋がった。この体の記憶が教えてくれる。一也は今、同じ空の下にいるんだと。
一也が前に言っていた青道高校は、この体が通う予定の高校だ。一也が居るであろう寮までの道も全て頭の中で描く事が出来る。
だからか、ずっと我慢してきた想いが溢れ出したかのように口から零れて。同時に堪えきれなかった涙が頬を伝った。


「会いたいよ・・・」
「こっちに、居るのか・・・?」
「・・・うん。」
「今から自主練だから抜けれる。どこに居る?」


一也の声にはもう先程の動揺は見られない。代わりに、一緒にいた時にはあまり聞く事の無かった真剣味を帯びた声音が耳に響く。


「私が行く」
「え?」
「寮の裏の、土手の階段のところで待ってて」
「分かるのか?」
「うん。近いから」


説明は後だ。兎に角、今はただ一也に会いたかった。
何で今こうなってるのかも分からないし、目を瞑れば脳裏に焼き付いている迫り来る電車に恐怖が蘇る。まだ自分の置かれている状況を落ち着いて整理出来るような心境じゃない。

だからこそ、会いたいんだ。
一也に会えたら、自分が今確かに存在しているんだと。夢じゃないんだと思えるから。

一也との通話を終えると、家を飛び出すように出て自転車に跨る。記憶を辿りながら知らない筈の道を迷う事なく只管に進むと、ふと既視感を覚えて自転車を止めた。
この土手道、一也と一緒に歩いたあの道にそっくりだ。あの時は一也の探し求めていた青道高校は無かったけれど・・・。
一瞬頭を過ぎった事を薙ぎ払うようにふるりと頭を振ってハンドルを強く握り、足に力を込めて再び漕ぎ出した。あと、もう少しだ。
街灯や建物の明かりが暗い土手道を微かに照らし出してくれる。それでも、真っ直ぐ伸びた道の先は暗くて見通す事は出来ないのが不安を煽った。

前に進み続けていれば、その内微かな声が聞こえてくる。声に近づいていくのと同時に一際大きな建物が見えて、それが何か理解した途端に自然と大きな息が口から漏れた。やっぱりあの時とは違うんだという事実をその建物――彼が過ごしているであろう青心寮が教えてくれて、漸く肩の力が抜けた気がする。

待ち合わせに指定した階段を視界に捉えると、自転車を止めて自分の足で駆け出した。期待からか、速いリズムで脈拍を刻む心臓が逸る気持ちを助長させる。

そして、階段に着くあともう少しの所。
ずっと会いたかった彼が姿を現した。


「・・・一也」


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会話文全然無い!!でもめちゃくちゃ書くの楽しかったです。
今後本文中で色々と補完できたらいいな。


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