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01

あの不思議な出会いから、随分と時間が経ってしまった。季節は三つ通り越して、また桜の季節がやってくる。彼と出会ったのは春の終わりだったから、もうすぐで一年だ。

彼が活躍しているであろうあの漫画を、私は未だに見ることが出来ない。
きっと、仲間に囲まれて大好きな野球をやっているんだろうな。高校球児なら甲子園とか目指したりしているんだろうか。と、想像するだけ。
いつか見てみたい。紙の中じゃなくて、実際にプレーする彼の姿を。もちろん叶わない願いなんだろうけど、実際に動いて話していた彼を思うと、願わずにはいられないのだ。

彼が居なくなった事で広く感じていた部屋にも漸く慣れた。朝起きても冷たい空気と静寂が流れるリビング。帰っても暗く誰も居ない部屋。それが当たり前なのに、たったの数日間がこんなにも日常に溶け込んでしまっていたのかと何度思っただろう。
それ程までに彼の存在は私の中で大きくなっていたんだ。と、離れて初めて認める事が出来た。いや、認めざるを得なかったといった方が正しいかもしれない。

もっと月日が流れれば、いつかあの漫画を手に取る事が出来るようになるんだろうか。


「いってきます」


誰もいない部屋に投げかけた言葉はもちろん何も返ってはこないけど、頭の中で「気をつけてな」と彼の言葉が響く。でも、どんな声をしていたか鮮明に思い出すことはもう出来ない。ちょっと生意気で、たまに優しくて。そんな声音だったとは思うんだけど。
こうして、少しずつ忘れていってしまうのかな。なんて、物悲しい気持ちになりながらも家を後にした。

ふわりと肌を撫ぜる風は、もう身を竦ませる程の冷たさは含んでいない。毎日歩いている道程にも、色が増えてきた。木々は緑を身につけて、草花は鮮やかに彩りを放つ。春の訪れを知らせてくれる。それだけで気持ちまで軽くなるんだから不思議だ。
でも、そんな気持ちも長くは続かなくて。


「うわ・・・」


思わず声が漏れてしまったのは、駅に着いた直後。どうやら他の路線で遅延になっているらしく、いつもの倍以上の人でホームは溢れかえっていた。
これは覚悟して電車に乗らなければ。そんな意気込みすらもすぐに逃げ出してしまうような人の多さに、深い溜息が漏れる。それでも電車に乗らなければ会社には行けない訳で。こんな些細な事で気軽に休めたり出来ないのが日本人の辛いところだ。

喧騒混じりの人ごみの中、少しずつ前に進みながらやっとホームの中頃まで進み、丁度到着した電車に押し込まれる人を見送れば、一番前に立てたからか漸く一息吐けた。
次の電車に乗れば会社にはギリギリ間に合う。今日は確か社内の打ち合わせがあったから、それまでに資料をまとめておかないと。

頭の中で予定を思い浮かべていた時、後ろの方で何やら揉める声が聞こえてきて思わず眉を顰める。分かるよ、朝からこの状況になればイライラするよね。でも、そうやって汚い言葉を吐いたりする事で周りの人を不快な気持ちにさせるんだよ。なんて、直接言う事は出来ないから心の中で窘める事でモヤモヤとする気持ちを少しだけ晴らした。


『まもなく2番線を列車が通過します。危ないですから黄色い線までお下がりください』


未だに続く罵声を掻き消すように響いたアナウンスに電光掲示板の表示を一瞥して、手元の時計に視線を落とす。ていうか、何を揉めてるのか知らないけど収まるどころか酷くなってない?
段々と大きく、近づいている声に振り向いた時だった。ドンッと思い切り後ろから押されて、体が前に倒れる。人ごみの所為で上手く体勢を立て直すことが出来ず、一番前に居たために掴まる人もモノも無い。何かを掴むように伸ばした手は空を切って、ホームへと投げ出された。

「危ないっ」と誰かが叫んだ。
上がる悲鳴と、より一層大きくなった喧騒。
それも、近すぎる電車の走行音でよく聞こえなくて。

地面に体が着いてからホームに居る人を見上げると、皆揃って顔を手で覆ったり逸らしたりしていて、誰一人として視線が合わない。
まるで、見てはいけないものを目にしているようだ。

耳元で鳴り響く電車のブレーキ音に導かれるように呆然としながら首を動かせば、それが電車なのか分からないくらい視界いっぱいに映る。


待って。ねぇ、何が起こったの?


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始めました!御幸の七日間の奇跡、続編です!まずはプロローグ的な短めの導入で。特にどこまで書くかは決めていませんが、少し長めのお話になるかな?

しかし、アレですか。ちょっと残酷すぎました?様々な方法を考えていたんですけど、結局後戻りできない方法にしようと思ったら・・・もし不快にさせてしまったら申し訳ないです。


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