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03 埋まらないなら飛び越えて

少し休憩しようか。私の口数が少なくなったのを疲れたと思ったのか、亮くんはチェーン展開されているカフェへと誘ってくれた。
ちょっと落ち込んだからといって表に出しているようじゃダメだよね。気を遣わせてしまっているようじゃまだまだ理想とは程遠い。

折角の亮くんとのデートなんだ。亮くんはデートだなんて思ってはいないかもしれないけど、私からしたら好きな人と出かける事は間違いなくデートだから。
思えば、亮くんとカフェで二人きりなんて初めてじゃない?今日はお母さんたちも、春くんもいないんだもん。ネガティブに考えてないで今のこの時間を目一杯楽しまないと損だよね。
そう気持ちを切り替えれば自然と浮かぶ笑顔に、我ながら単純だなあ。と内心で苦笑した。


「何か食べる?甘いもの好きでしょ」
「ありがとう」


差し出されたメニューはデザートのページが開かれていて。そういえば、小さい頃に皆でカフェに来た時はいつもデザートを食べたいって強請っていたっけ。亮くん、覚えててくれたんだ。


「亮くんは食べないの?」
「俺はコーヒーだけでいいよ」
「え、甘いもの嫌いだっけ?」
「好きではないね」
「・・・そうなんだ」


昔は子供達揃ってジュースとデザートだったのに、あの頃とは違うんだね。私もコーヒーだけ。とか言ってみたいけど、コーヒーは苦くて好きじゃないし、カフェオレにしてみてもガムシロップを入れないと飲めない。
味覚ですら亮くんはあの頃と全然違うのに、私は然程変わっていないという事実が少し恥ずかしい。
いやいや、でも大人でもコーヒー苦手な人はいるし。要は子供っぽいのを選ばなければいいんだよね、うん。


「私、ミルクティーとチーズケーキにする」
「ふーん。それでいいの?」
「うん」
「意外。パフェとか頼むかと思ったのに」


ニヤリと口角を上げて笑う顔は、よく目にする揶揄いを含む笑い方。時々こうして嫌味な事言ってくるの、もう慣れてるけどさ。妹的存在から脱却しようと頑張っている今はそれが面白くなくて、あからさまに表情に出してしまった。


「子供扱いしないで」
「へぇ・・・。じゃあどんな扱いしてほしいの?」
「えっ」


どんなって、そんなの決まってる。子供でもなく妹でもなく幼馴染でもなく、一人の女の子として扱って欲しい。だけど、これを口にするって事は告白してるのと同じだし、不用意に言う事は出来ない。唐突すぎて心の準備も何も出来ていないし、今言ったところで玉砕するだけだ。亮くんは何の意図があって言ったんだろう。まさか・・・私の気持ちバレてる?
慌しく巡る思考は一気にそこまで導きだして、途中で熱を持ったように熱くなった体が最後にはサァッと血が引いたように冷たくなり、焦りが生み出された。

だけど、どうやら杞憂だったらしい。私の反応を見ていた亮くんは肩を揺らして笑っていて、さっきの発言も揶揄っているものだったと気付いたから。


「もう!亮くん、からかわないで」
「ククッ・・・ごめんごめん。今日の楓、変だったからさ」
「えー、どこが?普通だよ」
「うん。やっといつものお前に戻ったね」
「えっ?」

ふぅ、と一息吐いて笑いを収めた亮くん。再び上げられたその顔は、さっき笑っていたのが嘘のように真剣なもので。何を言われるのかとゴクリと喉を鳴らした。

「無理するの、やめなよ」
「なに・・・?」
「彼氏に合わせる為か何だか知らないけど、無理して似合わないことなくても、お前らしくいればいいだろ」
「でも・・・私子供っぽいし、釣り合わないかなって」
「だからって無理しても疲れるだけだし、その内上手くいかなくなるよ」


頑張るのは悪いことじゃないけど、無理はするな。そう言った亮くんの目を見る事が出来なくて、逃げるように俯いた。
例えば、私の好きな人が同じクラスの誰かだったら今の言葉を素直に喜べたんだと思う。亮くんの、お兄ちゃんとしての言葉。

でも、私が並びたいのは亮くんの隣なんだよ?妹としてじゃなく、彼女として傍にいたい。それにはまず亮くんに好きになって貰わないといけないんだ。
私らしく。今のままの私で。それで亮くんは私を好きになってくれるの?
手を伸ばしても届かない距離にいるなら、手が届くように近づくしかないじゃないか。


「・・・考えてみる」


無理はしていないつもりだけど、もっと頑張らないといけないのは百も承知。だから亮くんの助言に肯定も否定も出来なくて曖昧な言葉で誤魔化してしまった。


「亮くん、今日はありがとう」
「俺も。これありがと」
「ううん。じゃあ、またね」


楽しい時間は過ぎるのも早い。あっという間に別れる時間になってしまった。今日は想像以上に長く一緒に居れたんだから、これ以上望んだらいけないよね。
来るときとは逆に重い足を動かしたけれど、やっぱり名残惜しくて改札を抜けたところで振り返ってみれば、まだこちらを見ていた亮くんが軽く手を上げてくれた。

次はいつ会えるかな。早く、理由がなくても会える存在になりたいなあ。



◇ ◇ ◇



「んー」


帰ってから何もする気が起きず、クッションを抱きながらベッドの上で寝転がっていた。頭の中で反芻するのはもちろん今日の出来事だ。亮くんの仕草や言動を一つずつ思い返してはニヤニヤと緩む口元をクッションに押さえつける。

でも、カフェでの言葉を思い浮かべると笑えず、ゆっくりと体を起こした。乱れた髪を手で撫でつけながら、亮くんが言った言葉を反芻する。

少しでも近付きたくて選んだ服には興味を示してもらえなかったし、香水だって私くらいの年齢なら持っている子だって多いのに難色を示された。
挙句の果てには、お前らしくいればいい。その言葉。

埋まらない歳の差。水面下で何をしたって中々埋まる事の無い距離。
背伸びても亮くんに追いつけないなら、いっその事亮くんの言った通りそのままの自分でぶつかってみた方が良いんだろうか。

投げ出してあったスマホを手に取り、アドレス帳から亮くんの名前を表情させる。

告白なんて、まだまだ先だと思っていた。亮くんに追いつけたら。亮くんに相応しくなったら。そう考えてた。
でも、その間に亮くんに大切な人が出来てしまったら?むしろ私が知らなかっただけで、今までもいたのかもしれない。

好きだって言ってしまえば、変わるのかな。付き合ってはもらえないだろうけど、私の事・・・妹としてじゃなく一人の女の子として見てもらえるかな。

表示されている小湊亮介という四文字を、ゆっくりと指でなぞった。
もし告白して、妹から脱却できたとして。それで幼馴染という関係が無くなってしまったら・・・もう気軽に会ったり出来なくなるんだろうか。


「えっ!?」


フッと切り替わった表示は、発信中のもの。
考え事に集中していたせいか、どうやら指が発信ボタンに触れてしまったらしい。耳に当てていなくても聞こえるコール音に心臓がバクバクと速く脈打つ。

どうしよう。え、何話せばいいの?ありえない自分の失態に焦って切ろうとしたが、どちらにせよ履歴は残ってしまうので掛け直してくるかもしれない。


「もしもし?」
「あ、亮くん・・・」
「うん。どうした?」


迷っている間に聞こえてきた声に慌ててスマホを耳に当てる。ドクンドクンと鳴る心臓を服の上からギュッと押さえつけた。落ち着け、鎮まれ。


「あの・・・今日、ありがとう」
「それはこっちの台詞だと思うけど」


笑い混じりに言う亮くんの声が耳に直接響くのが変な感じがして、落ち着くどころかどんどんと加速していく心音。
ただ電話しているだけだというのに、直接会うよりも緊張しているのは、この先の事を考えているからだろうか。


「亮くんに、言いたい事があって」
「ん?」


ゆっくりと息を吐き出してから、意を決して紡いだ言葉。さっきまでは言うつもりなんて無かった。
でも、考えていたところにこのタイミングでの電話。自分が仕出かした事とはいえ、今言わなければいけない気がしたんだ。


「私、小さい時からずっと・・・亮くんの事が好き」
「えっ?」
「亮くんに振り向いてもらえるようにもっと頑張るから。・・・いつか、ちゃんと女の子として私の事、見てほしい」


何度も何度も心の中で思っていた言葉。それを口にするのは、怖い。電話の向こうの亮くんの反応は何も無くて、驚いているんだという事が分かるけど、無言が怖さを助長させる。


「・・・です。それだけ、伝えたかったの。今日はありがとう」


だから、一方的に喋ってプツリとそのまま通話を切ってしまった。だってもう、緊張で死にそう。これ以上続けてたら心臓が止まっちゃうと思ったくらいだ。
電話して一方的に喋って勝手に切って・・・最低だけど、妹としての自分勝手で許してくれないかな。って、こんな時だけ妹権限使うなんて卑怯だよね。散々妹として扱って欲しくないって思ってたのに。


「あー・・・どうしよう。言っちゃったよお」


緊張と混乱で、自分の発言も今の気持ちも何だかもう分からなくなってきて、再びベッドに寝転んでクッションに顔を埋める。
亮くん、驚いてたよね。ちゃんと考えてくれるかな。でも、答えを聞くのが怖い。振られたらどうしよう。って、振られる選択肢しかないかも。

ああ、もう。どうしよう。


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葛藤大好きマンかよってくらい葛藤ばっかりさせてるんですけど、そろそろ自分で何書いてるのか分からなくなってきたんで、読んでる皆さんはもっと分からなくなってないかと心配です・・・。


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