教室内の騒めきがどこか遠くて、ここだけ別世界みたい。
彼が少し動くと同時に艶やかな髪が流れるのに目を奪われる。隙間から覗く眉毛は凛々しくて、自信ありげな顔をした時にちょっと上がるところが好き。
今は俯いているせいで見えないけど、彼が真っ直ぐに私を見て、その瞳に映されるだけでドキドキする。
・・・なーんてね。放置されすぎて時間を持て余しているせいで、今の自分にキラキラモノローグを付けるという何ともくだらない遊びをしてしまった。
授業の間にあるほんの少しの休憩時間。一也の前の席に座ってみたものの、今日は・・・いや、今日もスコアブックを眺めるのに忙しい彼氏様は私の相手をせずにずっと視線を落としている。
私が座った時にチラッと見られたから存在は認識されていると思うけど、話そうとか構おうとかは思わないらしい。
「ねぇ、Kは三振なんだよね」
「だな」
「このFっていうのは?」
「ファール」
「この曲がってる線は?」
「ゴロだな」
でも、大変な時期だっていうのも分かってるつもりだし、最近は何かピリピリしている気がする。今は休み時間すら無駄にしたくないのかも。
そう思えば、いつも友達とするような身のない話をする気にもなれなくて。それでも少しだけ話したい気持ちから一也が真剣に見ているスコアブックを一緒に見てみるけどサッパリ分からなかった。
マス目多すぎ記号多すぎよく分からないマーク多すぎ。こんな難しそうなのを普通に書けるのも凄いし、読み取れるのも凄いと思う。質問してみても端的に返ってくるだけで、詳しい説明がある訳でもないから首を傾げるばかりだ。
一也の邪魔をしたくない。でも少しだけでも話したいし、私の方を見てほしい。
自分の中の天秤がグラグラと揺らいで、どっちに傾けるかを考えていたら虚しくも予鈴が鳴り響く。
そっと席を立った私に、一也の視線が向けられることは無かった。
◇ ◇ ◇
「白州くーん・・・」
「どうした、そんな顔して」
「ねぇ、今野球部ってそんなに忙しいの?」
昼休み。前を歩く白州くんを見つけて、後ろから呼び止めた。休み時間の一也の様子がちょっと気になったし、一也だけじゃない・・・倉持くんも変な気がする。
若干ピリピリしている本人達には聞き辛くてどうしようかと思っていたところに白州くんだ。去年同じクラスだったこともあり、人当たりがいいのは知ってる。だから、彼になら何か聞けるかもしれないと思った。
「まあ・・・新体制になってちょっとな」
「一也がキャプテンになったんだよね」
「そうだな。3年生が抜けた穴を俺たちで補っていかないといけないけど、そう簡単にはいかないって身に染みてるよ」
「そう・・・なんだ」
困った表情を浮かべている事から、私が今思うよりもずっと状況は良くないんだろう。だったら、さっき揺らいでいた天秤をどちらに傾けるかなんて考えるまでもない。
全力で野球をする一也が好きだから。もし今私の相手をしている余裕が無いのなら、私が我慢するべきだ。
淋しいけど、煩わしく思われたくないし。少し我慢すればいいだけ。我儘言わずに物わかりのいい彼女でいよう。
「・・・って決めたけどもう無理辛い」
一也断ち四日目でこれである。たかが四日。されど四日。普段でさえ一也は野球漬けで学校以外での接触がほぼないのに、学校での接触まで絶ってしまったら予想以上に辛いことになった。
一也と沢山話したい。一也の声で名前を読んで欲しい。欲張るならギュッて抱き締めてもらって一也不足の心を満たしてほしい。
早く野球部が落ち着いてくれればいいのに、そう簡単にもいかないみたいだ。
白州くんに聞いてから野球部の練習とかもコッソリ見たりしたけど、どうもうちの学年だけぎこちない感じがした。
一也も相変わらずピリピリしてるし、まだまだ続きそうである。
「あーもう。限界・・・」
「何が?」
「へ?」
随分と大きくなってしまったけれど、独り言のつもりで呟いた言葉に反応があって、随分と間抜けな声が出てしまった。
しかもこの声・・・。ハッとして机に突っ伏していた身体を勢いよく起こせば、目の前には一也の姿。一也から声を掛けてくるなんて殆どないのに、どうして?何かあった?そんな疑問が表情に出てしまっていたんだろうか。微かに眉を顰めた一也は「ちょっと来いよ」とだけ言い残して、教室を出て行こうとしたので慌てて後を追う。・・・本当に、どうしたんだろう。
「お前、最近何かあった?」
一也が足を止めたのは階段の踊り場だった。決して広いとは言えないスペースで向かい合い、若干怪訝そうに問いかけられる。
「え?私は何にもないけど」
「嘘だろ。妙に大人しいし、どう見ても変だぜ」
「いや、だって一也が・・・」
「俺?」
機嫌が良いわけではないらしい。むしろ悪い方だと一也の表情が語っている。
それでも、私は嬉しかった。今は野球部の方で大変だから、私なんて二の次だと思っていたのにこうして心配してくれている事が、堪らなく嬉しい。
一也の中を占めているのは大部分が野球だろうけど、それでもその中にちゃんと私は存在するんだって思えるから。
「野球部、色々大変だって聞いたから」
「あー・・・まぁ、ちょっとな」
「だから落ち着くまで話しかけたりするの控えようって思って」
「は?なんで?」
だけど、私が自分なりに考えて出した答えと一也の想いは一致しなかったらしい。
更に不機嫌そうに顔を歪ませた一也を見て、慌ててここに至るまでの考えを説明したけれど緩和することはなく。「何だそれ」と一蹴されてしまった。
少し馬鹿にしたようにも聞こえた一也のその言葉に私もカチンときて、睨みつけるように一也を見る。私なりに考えて出した結論。辛かったけど一也のためだと思って頑張って耐えてたのに、そんな言い方しなくたっていいじゃないか。
「だって、大変な時に邪魔したくないし。我儘言って嫌われたくないもん」
「俺、そんな事頼んだ?」
「え・・・」
「楓に我儘言うなって、邪魔だって。言ったか?」
自分の中で膨らんでいた怒りが急激に萎んでいくのが分かる。
白州くんに話を聞いて、全部分かったような気でいた。それで、一也の邪魔をしちゃいけないって・・・。
でも、一也はそう思っていなかったって事?
「・・・言ってない、けど。良い彼女で居たいし・・・」
「そんなの求めてねーよ」
溜息混じりに言った一也は、これ以上は話す事がないと言わんばかりに踵を返し階段を上っていく。
その後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。
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最後の部分を妄想して滾ったので書き始めたお話です。
本当はもっとアッサリ終わらせるつもりだったんですけど、この先で書いてみたいところが思い浮かんだので、ちょこっとだけ拗らせてみました(笑)
write by 神無