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我儘と我慢のシーソー 後編

鞄を投げ出して制服のまま勢いよくベッドに倒れこむと、鈍い音と共に軽い衝撃が身体を包む。一也と喧嘩して、もう何日経っただろう。片手で数えられなくなって時点で数えるのをやめてしまったけど、日に日に募っていく後悔に押しつぶされそうだ。

今までだって軽い言い合いくらいはあったけど、喧嘩と呼べるものは付き合ってから初めて。それがここまで拗れてしまうと、もうどうしていいか分からない。
このままじゃいけないのは分かるけど、どう切欠を作ればいいんだろう。


「はぁ・・・」


口から出るのは溜息ばかり。静かな部屋に響くとより虚しさが増して憂鬱な気分になる。

制服のポケットからスマホを出して見ても通知欄に一也の名前はない。メールボックスは迷惑メールとダイレクトメールばかりが並んでいる。何度目かの溜息を吐きながらそれを一つずつゴミ箱へ放り込んでいく作業を繰り返していれば、漸く一也の名前が出てきた。

「おやすみ。また明日な」絵文字も何も無い簡素なメールは何日前のものなのだろうか。じわりと込み上げてきた涙を誤魔化すように、枕に強く顔を押し付けた。
一也の声が聞きたい。くだらない話をして笑いあって、時折優しげに細める瞳を見てドキドキする。そんな日常に戻りたい。


そんな事を考えていたらいつの間にか眠りに落ちていたようで、部屋に入ってきた母親の声で意識が浮上する。
「まだ着替えてなかったの!」なんて分かり易く不機嫌を露にする母に軽く謝りながら時計を見れば、もうすぐで野球部の自主練の時間を指していた。


「お母さん、ちょっと学校行ってくる」
「今から?ご飯どうするの?」
「後で食べる!」
「もう遅いし送っていこうか?」
「自転車で行くから大丈夫」


殆ど衝動だったと思う。一也の事を考えながら眠りに落ちたせいか、募りに募った会いたい気持ちが溢れ出してしまったかのように抑える事が出来なかった。

完全に日が沈んで暗闇に染まっている道を自転車で照らしながら進む。速く、速く。急ぐ気持ちがペダルを踏み込む足に伝わっているのか、風を切りながら進んでいけば、嘗て無い速さで学校へと到着した。

自転車はそのままに、土手を登って青心寮の裏側へと回り込む。もう自主練が始まっているのだろうか、所々に灯る光と微かに聞こえる声。
一也も、ここにいるんだよね。何も言わずに勝手に来てしまったし、また喧嘩になったらどうしよう。そんな事ばかりが思い浮かんで不安が込み上げてきたが、深く呼吸をして息と共に吐き出した。

「会いたい。寮の裏で待ってる」本文に打ち込んだ文字を何度も眺めた後に、意を決して送信ボタンを押す。練習に夢中で見ないかもしれない。携帯は部屋に置いたままかも。でも、それならそれでまた明日、朝でも休み時間でも一也と向き合えばいい。
そう決意したら幾分か気は楽になって、乱れた髪を手櫛で直しながら来るか分からない一也を待った。

色々な所から聞こえてくる声に耳を澄ませる事に集中していれば、段々と時間の感覚が朧気になっていく。遠くの街灯が薄明かりを届けてくれるこの場所に佇んで、一体どのくらい時間が経ったのだろうか。


「楓」


時間を確認するためにスマホを取り出そうと視線を下に向けた時、ずっと待ち望んでいた声で、ずっと呼ばれたかった名前を紡がれて弾けるように顔を上げた。


「何で制服?お前、まだ帰ってねーの?」
「ちゃんと、帰ったよ」
「遅くに出歩くなよ。危ねぇだろ」


ラフな格好をして、片手にバットを握りもう片方の手はポケットに入れられている。そんな立ち姿を見ただけなのに胸がキュウッと音を立てる。
久しぶりに自分に向けられた視線と交わす会話。なのに、そこにいつもの優しさは含まれていなくて、衝動的にここまで来たのを後悔しそうになった。


「すぐ帰る・・・」
「あー、そう」
「一也にごめんね、って言いに来ただけだから」


一也から返ってくる冷たい言葉に涙が込み上げてくるが、自分で蒔いた種なのだから泣くわけにはいかない。コクリと息を呑んで堪えたが、唇が震えてしまって、口に出した言葉すらも情けなく震えていた。


「一也の気持ちも聞かずに、思い込みで勝手に避けてごめんね」
「・・・」
「でも、一也が忙しいのは本当だし・・・どうしても邪魔じゃないか考えちゃうの」


例え直接邪魔だとは言われなくても、もしかしたらと思うだけで躊躇してしまう。今だって、自主練の手を止めている事に申し訳ないって思ってるし。一也にして欲しいこと、一也としたい事はいっぱいあるけど、どれも我儘でしかないから私には言えそうにないよ。
一也に少しでも負担をかけてしまうことを思えば、我慢するほうが余程マシだ。


「お前はどうなんだよ」
「え?」
「楓は俺と距離置いて、何とも思わなかったのか?」


一歩、また一歩と開いている距離を縮めてきた一也は、最後の一歩分の距離を残してピタリと足を止めた。
その、あと一歩の距離が今の私たちを表しているような気がして、いよいよ涙が滲み出してくる。視界がぼやけて、こんなに近くにいるのに一也の表情が見えない。


「・・・淋しかった」


堪えきれなかった涙と同時に溢れた言葉。ずっと心の中で思っていた言葉は言うつもりは無かったけれど、一也の促すような優しい声に引き出されたのか、自分でも驚く程にするりと口から出た。


「何でもいいから一也と話したいし、話さなくてもいいから一緒にいたい。って思ってたよ」


一言出てしまえば、ポロポロと堰を切ったように溢れ出てくる言葉。同じように涙も次々と頬を伝っていくのを慌てて手のひらで拭った時。


「俺もだよ」


聞こえて来た声に顔を上げると、涙が流れ落ちたことでクリアになった視界がはっきりと一也を捉える。少し眉を下げて呆れ笑いのようなその表情に、漸く私たちの間に流れる空気が和らいだ気がした。


「邪魔だなんて思わない。情けねーけど、今が余裕ないのは本当だからあまり構ってやれないかもしれねぇけどさ」
「っ、・・・」
「俺の知らないところで我慢すんなよ」
「うんっ」
「俺も、突き放すような言い方してごめんな」


声も視線も、もう冷たいものじゃない。私達の初めての喧嘩がやっと終わったんだって、そう思えた。

残りの一歩の距離は一也が踏み出した足によってなくなり、更に近づいてきた一也を受け入れるようにゆっくりと目蓋を下ろした。
一也はここに来た時と同じ、片手にはバットを持って、もう片方の手はポケットに入れられた体勢のまま。他のどこも触れることなく、唇だけがそっと重なり合った。

久しぶりのキスにも関わらず、僅かな温度だけを私の唇に残してすぐに離れていってしまった一也。少しだけ躊躇ったが、一也に向けて両腕を伸ばした。


「足りない」


自分で勝手にした事とはいえ、今まで我慢をした分少しの触れ合いでは物足りない。恥ずかしいし止めようかと一瞬思ったけど、一也は我慢しなくても良いって言ったし。少しぐらい、我儘になっても許してくれるだろうか。


「俺、汗かいてるけど」
「・・・我慢しなくてもいいんでしょ?」
「あー、もう」


カラン、とバットが地面に置かれる音がした直後、今まで経験したことのない力強さで抱きしめられた。背中と腰に回された腕が、一也の胸元へと押し付けるようにする。
微塵も隙間なんてない、ゼロの距離に心臓が急激に加速し始めた。

ドクンドクンと力強く脈打つ心音は、自分から聞こえてくるものだろうか。それとも、触れている一也のものだろうか。それすらも分からなくなるような距離。


「ねぇ、一也」
「んー?」


ドキドキするのに、くぐもって聞こえる声は心地よくて。行き場の無かった手をそっと一也の背中へと回して身を委ねてみれば、もっと距離が無くなった気がする。


「私、何したらいい?何かできる?」
「ははっ、何もしなくていい」
「そうなの?」
「楓は傍にいて笑ってればいいよ」
「何それ」


凡そ普段の一也では言いそうにもない台詞に思いっきり動揺して、「恥ずかしい台詞」なんてつい照れ隠しで言ってしまった。本当は録音したいくらい嬉しかったのに、不意打ちなんてずるすぎる。上手く対応できないじゃないか。


「ははっ、うるせぇよ」


もう黙ってろ。囁くように言われた言葉と塞がれた唇に、声を奪われた。

私には一也を支えるなんてまだ出来ないかもしれない。でも、明日からは例え話す事が出来なくても一也の傍にいよう。会話がなくたって、傍に居れば淋しくはないから。
熱いくらいの一也の体温に包まれながら、そう思った。




うわー!楽しかった!!
途中の唇だけで触れるキスが書きたくて、その後バットを置いて掻き抱くシーンも書きたくて。最後の黙らせるようなキスが書きたかった。全部詰め込みました楽しかったです!
皆さんにも楽しんで読んでもらえたら嬉しいです!
write by 神無



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