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07 木曜日の自覚


「おはよう」
「っす。寝坊しなかったみてーだな」
「ははっ、何とかね」


睡眠時間が足りなかったのか、重く感じる身体を何とか起こしてリビングに出ると、キッチンに立っている一也と目が合った。
一瞬どういう態度を取ればいいのか迷いながらも無難な挨拶をすれば、いつも通りの軽い会話を交わすことが出来て内心で安堵する。多少ぎこちなくなるかとも思ったけれど、無駄な心配だったらしい。

キッチンを抜けて洗面台に立ち、冷えた水で顔を洗う。それだけで冷たさに肌が刺激されて、鈍い思考も段々とクリアになってきたところで水を止めて、鏡に映った自分の顔を何気なしに見つめる。

昨日のは、一体何だったんだろう。
仕事で疲れていたのもあって、調べものの最中に寝落ちしてしまったらしいが、誰かが部屋に入ってきた気配で目を覚ました。
この家には私以外に一也しか居ないのだから、それが一也だということは直ぐに分かったけれど、一也がパソコンやメモを見ているのが何となく伝わってきて目を開けれなかった。
起きるタイミングを一度逃してしまうと次のタイミングが中々掴めない。目を瞑ったまま気付かれないように、一也が出て行くまでやり過ごそうと寝息を装って呼吸を繰り返していた時、不意に近寄る気配と、頬に触れた吐息。
思わず飛び起きてしまいそうになるくらい驚いたが、隠れていた手を握り締めた事で堪えた。

結果的に一也は触れる事なく、渇いたような笑いを微かに漏らした後出て行ったけど、一体あれは何だったのかとベッドに潜り込んで考えていたら中々眠れなくて。そのせいか、鏡に映る自分は若干疲れた顔をしている。


一通りの身支度を終えて再びキッチンに戻れば、否応なしに目に飛び込んでくる一也の姿。
やっぱり、キスしようとしたんだろうか。でも何で?普通に考えればもしかして私の事?なんて自惚れしか出てこないんだけど。・・・まさかね。もしそうだとしても、きっと一過性のものじゃないだろうか。
だって、私しか頼れる人が居ないこの状況で、私しか関わり合いがない。となると必然的にそう思っても仕方ないのかもしれないよね。

なんて、大人ぶって結論づけてみたけれど、実際今みたく一也を目の前にするとドキドキと心臓はうるさいし、動揺する心を必死に抑え付けている自分がいる。
朝ご飯を作っている姿だって別にいつもと変わらないのに。直視出来ないのは何故だろう。

好意を向けられて悪い気はしない。というより、むしろ嬉しい。相手からの好意を受けて初めてその相手を意識する、だなんて恋愛の良くあるパターンだけど・・・それが自分に当てはまるかと言えば、首を傾げてしまう。
年下だし、しかも高校生。何度も思ったこの事がブレーキを掛けているのは明らかだ。

でも待って。もし一也が高校生じゃなく、同い年だったら?


「どうした?」
「えっ!?」
「ここ、皴寄ってんぞ」


指先で眉間を押すように触れてきた一也の指先に、肩がピクリと跳ねた。ほんの少しの動揺だったから一也には気付かれていないと思うけど、急激に血液を送り始めた心臓のせいで顔に熱が籠った気がして咄嗟に顔を逸らす。

だって・・・どうしよう。気付いてしまった。


「大丈夫、ちょっと仕事の事考えてただけ。ご飯ありがとね」
「食べたら出かけるんだろ?」
「うん」


ブレーキを掛けている原因を取り除いたら。
もし一也が同い年だったら、私は躊躇い無く自分の手を伸ばすだろうという事に。



◇ ◇ ◇



電車を乗り継ぎ、難しい事は考えなくて済むように一也に関係がある地域は避けて、県境のあたりで降りた。
どこを目指すわけでもなく、目に入ったところに寄るというフリープラン。隣を歩きながらくだらない会話を交わして、面白そうなものを位置情報から探したりした。

有名なアスレチック公園を見つけて、上級者コースで遊んでみたり。誰も居ないのをいい事に長い滑り台を滑ってみたり。普段は絶対にやらないような事をあえてやってみれば意外とおもしろくて、笑顔が絶えない。

一也の気分が少しでも晴れればと思って計画したことだけれど、実際に助かっているのは私の方かもしれない。だって、このおかげで朝の出来事を考えなくて済んでいるから。


「あ、ここ行こうよここ」
「バッセン?楓ちゃん出来んの?」
「当てるくらいなら出来るでしょ!」


次なる目的地を探して歩いていれば目に留まったバッティングセンター。一也は野球部だって言ってたし、いいかも。そう思って中に入ってみたけど、バッティングセンター自体初めて入ったから勝手が分からなくてついキョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。
表示されてるのは球の速さかな?それで、あそこに置いてあるバットを使えばいいんだよね。一回いくらくらいなんだろう。嘘、100円!?安くない?


「はっは、見てるだけでおもしれぇ」
「ちょっと、笑ってないで教えてよ。何コレ、どうすればいいの」
「バット持って金入れて打つだけだって」
「それだけ?」
「そうそう。バット持ってから金入れろよ。球すぐ出るから」


バットを持って、適当に90キロと書いてある場所へ入る。言われたとおりお金を入れてすぐに構えてみるけれど、バットが重くて振れるかどうかすら分からない。
いつ球が飛んでくるのかとドキドキして待っていれば、機械音が聞こえてきて。ボールが飛んできたと思った瞬間、ドスンと音を立ててミット代わりのクッションへ吸い込まれていた。


「せめて振ろうぜー?」
「一也、ねぇ、速いんだけど!」
「そりゃ90キロだしなあ」


だって、プロって140キロとか投げるんでしょ?だったら90キロくらいなら打てると思うじゃん。こんなに速いなんて思わないよ。バットは重くて振るのでいっぱいいっぱいだし、持ち方すら良く分からない。
一球だけ奇跡的に当てられたけど、鈍い音がして目の前にポテポテと落ちていくだけで、爽快感とは程遠いしジンと腕が痺れるような感覚に溜息が出る。


「ダメだ・・・」
「いやー、あそこまで初心者丸出しなの久しぶりに見たわ」
「じゃあお手本見せてくださいよ高校球児くん」


一也がどれ程上手いのか知らないけど、私が打っている時にめちゃくちゃ笑ってたの聞こえてたんだからね。これでへっぴり腰だったら笑ってやろうと茶化した口調でバットを渡せば、ニヤリと不敵な笑みが返された。

スタスタと迷いない足取りで進んでいったのは120キロのプレートが掛かっている場所。嘘でしょ、絶対無理じゃん。90キロでも当てられないくらい速かったのに、120キロとか無理でしょ。そう思いながら呆然と一也を見ていれば「とりあえず肩慣らしな」と呟いた一也に顔が引き攣る。

ピタリと綺麗に構えた一也からは、いつもと違う雰囲気が漂っているようにすら見えて。私の目では追えないくらいの速いボールが機械から吐き出され、構えと同じくらい綺麗なフォームで振りぬくと、カァン、と気持ちのいい打撃音とともに白球が飛んでいく。
ホームランと書かれた的に近いところのネットに吸い込まれていくボールを見ていれば、またカァン、と同じ音が響いた。

何、これ・・・ずるい。さっきまでのふざけた様子は一切なくて、時折見える横顔は真剣そのもの。何度か繰り返す内に口元は弧を描いていて、一也がどれだけ野球が好きなのかが伝わってくる。

いつもと違うその姿に、正直見惚れてしまっていた。


「どうだった?」


だから、自信満々な笑みを浮かべながら出てきた一也に、つい「すごい、カッコよかった」と素直に答えてしまって、慌てて口元を手で覆ったけどもう遅い。


「・・・何か調子狂うわ」


ふいっと逸らされた視線に、静かに落とされた呟き。

私のブレーキ、まだあるよね?なんて自分に問いかけてしまったのは、一也のその姿に心臓が煩く音を立てていたからだった。

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自分の気持ちに気付いたけど、年の差などから中々認められない夢主と、元の世界に帰るのを第一にして押し殺している御幸。でもふとした瞬間に表に出ちゃう。だったらいいな、という思いで書きました。
次で七日目。ということは・・・です。


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