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嗅ぎなれた余香に魅入られて 中編

あの結城君とお付き合いすることになったという親友からの報告に手が赤くなるほどの拍手を送った日からしばらくがたった。ここ数日、親友が頑張ったのだから私も頑張らなくてはと気合を入れてみたけれど結果は伴わず。というか、まったく状況は変わっていない。
気になる人が出来たらガンガン攻めていたころの私はどこへいったのか。


「ってか今更感がありすぎて恥ずかしいんだよな〜」


喧嘩腰だった会話をいきなりお淑やかになんてできないし、他の人ならば積極的に遊びに誘っていていたけれど野球バカの練習の邪魔はしたくないと思うと気軽に誘うこともできない。そもそも、私は小湊の連絡先すら知らない状態だ。
いや、だってさ、三年以上それなりに顔を突き合わせている相手に今更どうやって聞いたらいいのさ。「は? なんで?」なんて言われたら無理、立ち直れない。理由を言うなんて以ての外だし、というかそれはもう告白になってしまう。
なぜだかほとんど履修科目が被っている小湊を毎日見かけるけれど、私がいくら視線を送ったところで小湊が気付くはずもない。いまも仲の良い野球部員と野球談議に花を咲かせているようだし、そこに割って入っていくほど空気の読めない子ではないつもりだ。


「はー、やめた。バカなんだから考えたって無理だわ」


もうとっくに授業は終わっていて、ランチに丁度いい時間だ。私や小湊たちのほかにもグダグダとおしゃべりしていて出ていかない人達は沢山いるけれど、いつまでもここに居ても仕方がない。いつも一緒にランチを取る友人は今日は休んでいるからボッチ飯だけど、テンションが上がらない時に気の合わない子たちと食べるよりはボッチの方がよっぽどましだろう。
菓子パンをいくつか購入し、休憩スペースへと足を向ける。この時間は空いていないかもなと何処か他人事のように思いながら足を延ばせば、案の定、すでにどのテーブルも埋まっていた。


「日差し強いけど外かなーコレは」


夏も始まりかけた屋外はちょっと厳しいけれど、今の私には雑踏として賑やかなここはどこか居心地が悪く感じる。軽くため息をつきながら来た道を引き返そうと振り返ると、悩みの種である小湊が思いのほか近くでニコニコと優しそうに見える怪しげな笑みを浮かべていた。


「相変わらず独り言多いね」
「びっくりしたー。まさかずっと後つけてたの?」
「お前の後つけて俺になんか得ある?」


偶然に決まってるでしょって正論に、冗談で言っただけの自分の発言に恥ずかしくなる。自意識過剰にもストーカーされるようなやつだとでも思っていたみたいじゃないか。言葉を詰まらせた私が小湊の意図した反応だったのか、笑顔がより一層深くなるのが悔しい。それでも小湊に言い返すだけの頭は持ち合わせていないから咳払いをして無理やり空気を変えた。


「残念だけど、空いてるとこないよ」
「みたいだね。ハァ、食堂もダメだったし今日は外か」


なるほど。私がパンを買いに行っている間に小湊は食堂に寄ってから来たからタイミングが重なったのか。ならば話していた野球部員たちはどうしたのかとも思うが、それは私の気にするところじゃないだろう。日差しが降り注ぐ窓の外から視線を戻すと、自然と一緒に行くような雰囲気に包まれていた。そりゃあ行き先が同じなのにあえて別々に行く必要はないだろうけどさ。嬉しいやら恥ずかしいやら良く分からない感情で妙に緊張してきた、そんな時だった。


「やだぁ、小湊くんじゃ〜ん。席ないならうちらんとこおいでよ〜」
「一人くらいなら座れるからさぁ」


突然かけられた猫なで声に動き出そうとしていた足が止まる。合コンに行くのかと聞きたくなるほどバッチリと決まっているメイクや服に拍手を送りたいところだが、残念なことに友好的ではなく、彼女たちの目には私が邪魔だとアリアリと書いてある。これはあれだ。最近になって増え始めた小湊君ってちょっとイイよね、とか思ってる子たちだ。面倒ごとに巻き込まれたくないし私はさっさと立ち去ろうかと小湊に視線を送るが、小湊の笑顔があまりにも恐ろしくてすぐに視線をそらした。
そんな小湊の様子に気付いていないのか、にやにやと優越感に満ちた笑みを私に向けながら小湊にすり寄ろうとする彼女たちに慌てて声を掛ける。


「まって! 野球してる人の腕に勝手に触らない方がいいよ」
「はぁ? なにあんた。何様?」
「ってゆぅかぁ、あんた嫌われてるくせに付きまとうとかぁ鬱陶しいんだよねぇ」


私の忠告を無視して再び腕を組もうとでもしたのか伸ばされた手はいとも簡単に避けられ、小湊の絶対零度の冷たい視線が彼女たちに向けられる。今まで人当たりの良い笑みを浮かべていただけに、いつもと違う小湊に彼女たちが困惑しているのが手に取るようにわかってしまった。あぁ、この程度の事でうろたえている様じゃ毒舌には耐えられないだろうなと思った矢先、想像が現実となった。


「さっきから何。誰だか知らないけど外野がうるさいんだけど」
「え、あ、あの……」
「鬱陶しいのはお前らだから」


好意を寄せてくれている子にも鋭利なナイフを真っすぐ投げ込むんですね。さすがです。彼女たちに同情する義理はないが、あまりにも青ざめていく顔が哀れでしかない。きっと自分たちが冷たくされるなんて微塵も想定していなかったのだろう。


「不愉快だから二度と話しかけないでね」


最後にこれでもかという笑顔で毒を吐いた小湊は固まる彼女たちを残し、外へと足を向けた。しっかりと私の手を握ってから。
ちょっと待ってくださいな。後で彼女たちは小湊の悪口でも広めるんじゃないかとか色々気になる事があったのに、強引な手のぬくもりのせいで吹っ飛んでしまいますよ。あの場に取り残されるよりはよかったけれども!


「ちょっ、あの、小湊。手……」


初めて握る小湊の手は思っていたよりもがっしりとして、硬かった。あれだけバッドを振っているのだから豆だらけのごつごつした手なのは当たり前なんだろうけれど、想定外の男らしい面を知れてまた一つ好きが積もる。このドキドキが少しは伝わればいいのに。
休憩スペースからだいぶ離れ人通りも少なくなったところでやっと小湊の足が止まり、手のぬくもりが離れていく。消えていく温もりを惜しむように、離された手をぎゅっと握りしめた。


「お前さ、もう少しなんか言い返したら?」
「え? あぁ、ああいう類いの輩は刺激しないに限るのだよ」


今までも小湊がらみでやっかみを受けたことはあるが、肯定も否定もしていない。対応したところでヒートアップするだけだし、言いたい奴には言わせておけばいいと思って放置しているが、どうやら小湊的には納得いかないようだ。まぁ彼はやられっぱなしで終わるタイプではないか。


「小湊こそ、ヘンな噂がたっちゃうけどいいの?」
「いいんじゃない? 口が悪いのなんて今更だし」


確かに私だけじゃなく、友人と話してる時も素の口調を隠したりはしていないから女子たちが勝手に勘違いしているだけだけれども。いいのだろうか。せっかくのモテ要素の一つだというのに。


「じゃあ何で他の女子には悪態つかないの?」


隠していないのならば他の子たちにだって私みたいに話せばいい。そういいながらも胸のあたりがモヤモヤと落ち着かない。自分だけだという優越感みたいなものを感じていたからだろうか。


「あのさ、どうでもいい奴の相手する必要ってある?」


よく知りもしないやつに話しかけられても話す気にならないでしょと言われ、勿体ないのにと言い返しながらも胸のモヤが晴れていく。と同時に、淡い期待が生まれてしまう。
小湊が誰これ構わずモテたいわけじゃないのは分かった。ならば……


「なんで、私にはこんな感じなの?」


緊張しているのが悟られないように精一杯、平然を装う。生まれたばかりの期待と、ただの腐れ縁でしょっていう不安が入り混じる。私の言葉にしばらく無言で見つめてくる小湊が何を考えているのか分からず、段々と不安が大きくなっていく。


「なんでだと思うか自分で考えてみたら?」
「え?」
「俺はどうでもいい奴構うほど暇人じゃないからね」


そんな意味深な言葉と含みのある笑顔を残してあっけなく立ち去る小湊の背中をただ茫然と見送った。
通路で立ち尽くす私は邪魔だし不審でしかないだろうけれど、自分で考えてみたらというセリフが脳を支配してしまいしばらく動くことが出来ず、ただただ生まれたばかりの淡い期待がここぞとばかりに膨れ上がっていった。

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