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嗅ぎなれた余香に魅入られて 前編


髪を切ったせいなのか、大学生になって小湊が一部の女子からモテだした。あの小湊がだ。
確かにちょっとさわやかに見えるようになったとはいえ、いつもさらりと毒を吐いてくる奴なのにどこがいいのか。そう聞くと、友人たちは口をそろえて小湊がそんな態度をとる女子は私しかいないと言ってくる。


「私だけとか、そんなことあるわけないじゃん。高校三年間とも同じクラスだったから言いやすいだけでしょ。みんなも慣れてきたらぞんざいに扱われるって」


あんな感じにと言って教室の一角で騒いでいる小湊へと目を向ければ、男同士だけどやっぱり人を揶揄って楽しんでいるように見受けられる。私の視線につられて顔を上げた友人たちに「ほらね」と投げかけたけれど、なぜかあきれ顔で返されてしまった。どうやら納得してもらえなかったようだ。


「仲良いくせに知らなさすぎだよ。もっとちゃんと小湊君みて!」
「えー」
「えーじゃないの。わかった?」


怒られるのは理不尽だなと思いながらも、ハイハイと適当に返事をしておく。どうせこの時間だけ一緒にいるような子たちだし、そんなことよりも私はこの後の講義でくるお気に入り准教授を眺める準備をしたい。まだ若い方だが穏やかで渋みのあるイケメン准教授は多くの女子生徒が狙っているだけあって、みんなアピールが凄いのだ。意気揚々と質問できそうなところを探す私にため息をつく友人たちも、なんだかんだ言いながらもイケメン准教授の話題へと変わっていった。やっぱりイケメンは正義だよねと思ったところで不意に、そういえばイケメン物色のため色んなサークルを覗き見に行ったけれど野球部はまだ見に行ってなかったなと思い当たる。練習中なら小湊が絡んでくることもないだろうし、ちょっと覗きに行ってみようと、授業後に軽い気持ちで赴いた先で私は怒りに震えた。


「何これ……」


言葉では知っていたけれど、出る杭は打たれるというやつを初めて目の当たりにし唖然とする。これがスポーツマンのする事なのだろうか。しかも今回が初めてではないのだろう。小湊に慌てる様子はない。そういえば高一の時も色々あったと人づてに聞いたことがあったな。その時はへぇー大変そうだなとしか思わなかったけれど、いざ目の当たりにすると他人事ではいられない。が、部外者の私が口を出すことでもない。
詳しくは分からないけれど、グランド周りを走り出した一年をくすくす笑っている上級生たちをぶん殴ってやりたい気持ちを抑えながら力いっぱい叫んだ。


「負けんなーーーー!!!!!!!!!!!!」


数多の何だアイツという視線が刺さるけれど、怒りで高ぶっている今そんなことはどうでもいい。小湊がいつも通りの不敵な笑みを向けてきたので私の怒りは伝わったのだろう。フンッと大きく息を吐いてざわつくその場を後にした。

知らなかった。
大学に入っても小湊の態度はいつも通りだったし、相変わらずの野球バカだなって思う面は多々あった。それなのに、その大好きな野球の現状がアレだなんて。友人たちの言うとおり、小湊のことを知っているつもりで全然知らないのだと実感した。

それからだ。小湊を意識してみるようになって、自分の抱いていた小湊の像が少しづつ崩れていったのは。
相変わらず私には棘のある言い方をしてくるけれど、友人たちが言うように他の女子には話しかけられても他愛もない返答をしてすぐに話を切っているし、自分から話しかけているところはあまり見かけない。それでもそっけない態度に見えない断ち切り方をしているのは腹黒いなと思うけど。
しばらくしても野球部の方は相変わらずのようだが、私にその話をすることはなかった。元々野球の話なんてされたことないし、私もいまいち理解していないことを話されても困るのが本音。だけど、困ると同時にちょっと寂しいと思ってしまう。


「まぁ、頼りがいがあるとは言い難いよね」


知らず知らずのうちに目で追ってしまうようになった小湊は、こちらの気なんて知る由もなくいつも通りニコニコと笑みを浮かべている。それが不快だと思ってしまう自分が腹立たしい。だって、不快だと思ってしまう理由なんて一つしかないから。
イケメンと噂の同級生を一目見てからもう一度小湊へと視線を移し、重い溜息を吐いた。


「自分の事なのに信じらんない……」
「なに一人でブツブツ言ってるのさ松浦。通報されたいの?」
「うわぁ!? ビックリしたなー。なんでもないですー私はいつもこうですー。小湊こそなにさ」
「俺見てデカいため息ついといてよく言うよ」


辛気臭いんだけどとにこやかに言い放つ小湊は至って通常運転で、そんな小湊にドキドキしてしまう自分に腹が立つから八つ当たりの様に突っかかってしまい、結局いつも通り喧嘩腰のやり取りを交わす。なんて可愛くないんだろう。いままで好きだと思う人には怯むことなくアピールしていたというのに、私らしくもない。


「まぁ、なんかあったら話くらいいてやるよ。高くつくけど」
「有料なら願い下げだわ。なんにもないから大丈夫ですー。小湊こそ、その、あれだ。負けんな」
「それ前にも恥ずかしげもなく叫んでたよね。ウケた」


ケラケラと笑う小湊に思わず拳を握りしめたけれど、その拳を突き出すことはなかった。


「でも元気は出たね。ありがと」


いつもよりもいくらか柔らかく見える笑みを前にし、なにも言えずに固まってしまった。小湊のこんな優しそうな顔なんて私は見たことない。これはダメだ。自覚してしまったどころの話ではない。もう抜け出せないほど、小湊が刻まれてしまった。


「松浦? なにアホみたいな顔してんの」
「あ、いや。小湊が素直にお礼言うとか信じられなくて空耳かと思ったわ」


素直になれない自分を心の内で叱咤しながらもそうすぐに変われるわけもなく、いつも通りのやり取りを交わしているうちに会話は終了してしまった。本当に私のバカ。遠ざかる小湊の後ろ姿は見慣れたものなのに、なぜか名残惜しく感じてしまうのだから私も重症だ。むしろ自分の気持ちによく今まで気が付かなかったなと思う。初恋の友人に頑張れとか言ってる場合じゃないよ、お前が頑張れよって話だよ。

年上渋めのイケメン好きで、わざわざ男を探しにこの大学に入ったようなものなのに。ここにきて小湊に惚れるとか本当に自分がわからない。わからないけれど、初心なわけでもないからこの気持ちが恋だという事は理解できてしまうし、理解してしまったのならば、このままでいいなんて消極的な考えではいられない。
奇跡は起きるのを待つものじゃない。自ら起こすものだ。
人にそんなこと言ったんだ。私も、奇跡を起こしてみせようじゃないか。
まずは女として見てもらうところからだから、道のりは果てしないけれど。

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