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07

楓ちゃんからのメールに気付いたのは寮に戻って暫く経ってからだった。珍しく畏まった感じのメールの内容が気にかかったが、直ぐに電話を掛ける訳にもいかない。例え部屋に一人でも、いつ誰が入ってくるとも知れない中で不用意に行動に移すのは危険すぎる。もし先輩にでも見つかったら?そう考えるだけでゾッとする。
男だらけの生活で、野球漬けの毎日。例え彼女じゃなくても女子と電話しているというだけで揶揄われ、更には尾ひれを付けて部内に広がり、事ある毎に引き合いにだされる事になるだろう。あの先輩たちなら間違いなくやる。断言出来る。
だから夕飯を済ませた後にバットを持って人が居なさそうな場所を探したが、これが中々見当たらない。この時間なら風呂組と自主練組に分かれているから少ないと思ったのに、明かりが行き届いていないところですら既に誰かしら素振りをしていた。


「結局ここか・・・」


ここなら誰も居ないだろうと少し足を延ばして土手に上がる。楓ちゃんが絡む時はいつもここだな、と過去の事を思い出して口端を持ち上げた。いつかのように階段に座りながら携帯を取り出して、履歴の一番上にある名前にかければコール音が鳴り響く。この前確認したばかりだというのに、コール音が鳴る事実に少し驚く自分がいて、声を出さずに笑った。
「もしもし?」と久しぶりに聞く彼女の声は緊張しているのか少し強張っていて、どこかぎこちなく聞こえる。そういえばメールも少し変だったし何か言い辛い事でもあるのかと思ったが、揶揄うような言葉を口にしても普通に反応するし、すぐにいつも通りの彼女に戻っていたから俺の思い過ごしだったのかもしれない。
でも、それなら良かったと安心したせいか、毎日電話を掛けていた事を口走ってしまったのは余計だった。案の定突っ込まれるが、どうして毎日掛け続けていたかなんて俺にも良く分からないのだから聞かれても困る。結局適当に誤魔化して話題を変えるしかなかったが、次に楓ちゃんの口から出た野球部の事に首を傾げる事になった。


「一也が野球してるところ、ずっと見たいと思ってたの」


穏やかな声が耳に入ってきた途端、その場で頭を抱え込んだ。動揺のせいか「ああ、そう」なんて素っ気無い言葉しか出てこなかったけど、それに対しても弾むように肯定が返ってきて言葉に詰まった。夜特有の冷たさを含んだ風が先程よりも心地よく感じるのは、自分の体温が上がってしまっているせいだろうか。
ずっとっていつからだよ。楓ちゃんの前で何かしたのって、あの時のバッティングセンターくらいしか思い浮かばねぇんだけど。そう過去に記憶を遡らせていると、頭の中にパッと楓ちゃんの弾けるような笑顔が浮かぶ。
ああ、そうか。そういう事か。


「ははっ」
「え、何?どうしたの?」
「いやー。ちょっとな」


自分でも何で電話を掛け続けていたのか分からなかったけど、そういう事だったのか。
――約束ね!そう言って笑った楓ちゃんとの約束を忘れないために。もし彼女と会えたら、必ず約束を果たそうと、初めはそう思っていたはずだ。それがいつの間にかルーティンとなり、一年という期間で期待が薄れていくと同時に当初の想いまでもが曖昧になってしまっていたらしい。


「御幸一也ー!今日こそ俺のボールを!!」


遠くからでも鮮明に聞こえて来た大きな声に、一気に現実に引き戻される。夜中にそんな大声出したら近所迷惑だろ。と思わず大きな溜息を吐いてしまったが、電話の向こうまで聞こえていたのか「今の沢村くんの声?」と笑い混じりに指摘されてこっちの方が恥ずかしくなる。


「沢村の事知ってんの?」
「うん。同じクラスだよ」
「へぇ。あいつホント生意気だよな」
「ははっ、元気だよね。クラスでも目立ってる」
「ああ・・・うるさそう」


クラスで一番に顔と名前を認知されそうだよな、うるさすぎて。しかもアイツ絶対授業中寝てるし。それで先生に繰り返し怒られてって感じで既にキャラが確立してそうだ。ある意味凄ぇわ。そう楓ちゃんに伝えてみれば、大体合っていると笑いながら普段の様子を話してくれた。
沢村という共通の話題で思いがけず盛り上がっていたら、また俺の名前を呼ぶ沢村の声が聞こえて、それを窘める誰かの声も響いてくる。いや、本当にうるせぇよ。そもそも人のフルネームを大声で呼ぶな。


「・・・一也、いつもフルネームで呼ばれてるの?」
「俺の事先輩と思ってないんじゃねぇ?」
「もっと先輩らしくしてみたら?」
「先輩らしく・・・ねぇ」


自分の性格上、先輩や後輩といった縦の関係にあまり捉われることがない。必要な事だと思えば先輩達にも歯に衣着せない言い方をしてしまうし、後輩から生意気な事を言われても余程じゃなければ頭に来る事がない。だからだろうか、先輩らしくと言われても全く浮かんでこないのだ。
先輩らしくってどんなのだよ。そう思った時、この場所で御幸先輩、と悪戯混じりに言った楓ちゃんを思い出した。
呼び方に頓着しているわけじゃないけれど、偶にはこういうのもいいかもしれないと思うと口元が勝手に弧を描いていく。


「・・・楓」
「っえ!?」
「いや、先輩らしく呼び捨てで呼ぼうかと思って」
「え、は・・・どうしてそうなるの?沢村くんの話でしょ?」


彼女と出会ってからすぐに名前で呼んでいたけれど、年上だったこともあって呼び捨てで呼んだ事はない。それを思い出したのだけれど、こちらの想像以上に慌てふためいている様子に笑いが込み上げてきた。聞こえてくるのは声だけなのに、表情までもが見える気がするのは一緒に過ごしていた時間があるからだろう。


「っていうか一也は、」
「今は先輩、だろ?」
「・・・うん」
「嫌ならやめるけど」


あの時と今は違う。社会人と学生という壁も、家主と居候という壁も何もない。お互いただの高校生だ。一つ違う事と言えば自分の方が僅かに年上となっている事だが、今はその事実のおかげで多少強引に事を運ばせられる。
声音から戸惑っているのが分かって、もしかしたら照れているのかもしれないと推測すれば、急に電話なのが惜しくなった。どんな表情を浮かべているのか、どんな反応を示すのかどうせなら直接顔を見てみたかった。そう思うのは普通・・・だよな?


「・・・嫌じゃない、けど」
「そ?じゃあ、アイツうるせーしそろそろ練習戻るわ」
「うん、また電話するね。練習がんばって」
「ん。じゃあな」
「はーい、おやすみ」
「おやすみ」


ピッ、とひとつ電子音を奏でただけで何も聞こえなくなったそれを乱雑にポケットへしまうと、体を起こして空を見上げる。話していただけだというのに上がった体温を下げるように風を受けながら、あの日果たせなかった約束の事を考えていた。


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