とある土曜日の晴れた朝。
久しぶりに戻ってきたこの町の散策をしていた時の事。
「もしかして、徹ちゃん?」
前から歩いてくる制服を着た背の高いの男の人が、記憶に残る大好きだった隣のお兄ちゃんにどこか似ていて思わず声を掛ける。
普段はそんな事絶対にしないのだが、この町に戻ってきてから常に、もしかしたら会えるかもと期待を抱いて過ごしていた所為かもしれない。
「そう、だけど」
首を傾げながらも肯定する彼に、声を掛けた私の方が驚いてしまった。まさかとは思ったけど、こんな嬉しい偶然あるんだろうか。
彼・・・徹ちゃんと最後に会ったのは6・7年前、小学生だった時の事だ。私が親の転勤で引っ越してしまってそれきりだったけど、また親が宮城に転勤になった関係で戻ってくることになった。幼い頃から彼に懐いていた私は、引っ越した当初はよく徹ちゃんに会いたいと駄々をこねて親を困らせていた程。
彼に抱いていた淡い気持ちは今でも消えることなく、むしろ膨れ上がるばかりで。いつまで経っても徹ちゃん離れ出来なかった私に神様からのプレゼントだろうか。
「本当に徹ちゃん!?嘘、嬉しい!」
飛び上がるくらいに嬉しくて、勢いづいたまま目の前の彼に抱きついた。
「え!?ちょ、ちょっと」
狼狽える彼だったけど、浮かれた私は気付く事ができずに一人で浸っていた。昔は身長も少ししか変わらなかったけど、今では丁度私の顔が彼の胸のところにある。
その成長を直に感じて、やっぱり男の子は凄いななんて考えていたらやんわりと腕を掴まれて離されてしまった。それを残念に思いながらも、少し距離が出来た事で改めて彼を見ると、見覚えのある格好をしていることに気付く。
「あっ、嘘!その制服、もしかして徹ちゃんも青城なの!?わぁ、先輩だね」
毎日のように見ているその制服も、徹ちゃんが着ているだけで凄く格好良く見えてしまうから不思議だ。そう一人で興奮して一方的に喋り倒していると、ようやく彼が困っている事に気付いた。眉がちょこっと下がった困り顔、昔と全然変わらない。
「えっと、ごめん。…誰、かな?」
言いづらそうに放たれたその一言。
私と違って全く覚えていない様子の彼にショックを受ける。
「・・・覚えてないの?」
「ん?・・・・・・うん、ごめんね」
ガクッと力が抜けてテンションも一気に下がってしまった。
あんなに毎日のように遊んでいたのに・・・いや、思い返してみるとバレーをしたり公園で遊ぶ徹ちゃんとはじめくんに付き纏ってただけかもしれないけど。
私にとっては大好きなお隣のお兄ちゃんだったからこうして抱きついたりしてしまったけど、徹ちゃんからしたら通りすがりの知らない女の子に抱きつかれたって事か。それでも怒ったりしない所なんかは、昔と一緒で女の子には優しいんだな。
「昔、隣に住んでた葵です」
若干不貞腐れた気分になりながらも自己紹介をすると、徹ちゃんもようやく思い当たったのか驚きの表情を浮かべた。
「え?葵!?昔隣に住んでた?」
「そうです。酷いよ、私は直ぐに分かったのに」
「ごめんごめん。凄く可愛くなってたから分からなかった。いつこっちに?」
思いがけず彼から褒め言葉が聞けて、さっきまでの落ち込んだ気分が一瞬で吹き飛ぶ。徹ちゃんは何気なく掛けた言葉かもしれないけど、私にとっては凄く特別。好きな人からの褒め言葉って何より嬉しくなるよね。
「卒業と同時だよ。お父さんがまた宮城に赴任になったから私も青城受験したの!でも徹ちゃんと一緒で嬉しい!」
素直に自分の気持ちを吐露すると、彼も私だと分かったからか先程よりもずっと優しい表情を浮かべてくれる。
そういえば、クラスの子がバレー部の先輩にかっこいい人がいるって騒いでいたけど、徹ちゃんの事だったのかもしれないな。昔から徹ちゃん以外の男の子に興味なくて、友達が見に行くときに誘ってくれてたけどずっと断ってた。
バレーを見るのは好きだけど、皆あからさまに男の子目当てで見学にいくのが見えてたから話も合わなさそうだったし。でも徹ちゃんだって知っていたら絶対見に行ってたのに・・・もったいない事したな。
「あ、ヤバ!遅刻する。ごめん、今から部活なんだ」
「私も行く!」
後悔していたところに降って湧いた絶好のチャンス、とばかりに着いていこうとしたけど生憎土曜日の今日は学校も休み。近所を散策していた私は制服を着ているはずもなく普段着で、その格好は青城の校則違反にあたる。
たとえ休みの日でも学校に行く際は制服着用(または部活指定・学校指定のジャージ)で、違反が見つかると結構厄介なのだ。
「あ〜、着替えてから見に行ってもいい?」
「ッハハ、昔と全然変わってないな」
笑いながらそんな事を言い出す徹ちゃんに、今度はこちらが首を傾げる。昔と変わってないってどういう意味だろうか・・・さっき、全然変わってて分からなかったって言っていたのに。
「いつも自分も行くって俺のあと着いてきて、たまにどっか抜けてるところとか変わってない」
その疑問に答えるように徹ちゃんが言った瞬間、一気に恥ずかしくなった。だって、外見は変わっても中身は全然成長してないって事を暗に言っている訳で、心当たりがあるだけに反論も出来ず俯いて顔を隠す。
「あー、ホント懐かしいな」
ポン、と頭に手が置かれる感触がして顔を上げると、そこには昔と変わらない表情で笑う彼。
乱雑に頭を撫でてから
「気をつけて来いよ」
そう言い残して走っていった。
着替えに帰らないといけないのに、小さくなっていく後姿を眺めながらもさっき見せてくれた笑顔が脳裏に焼きついて一歩も動けない。
大好きだったクシャって笑う顔は変わっていなくて。
でも声は男の人特有のものに変わっていて。
「〜〜〜っ!」
ああ、やっぱり徹ちゃんが大好きだ、と声にならない声を出して再確認した。
再会出来たのなら、後は猛プッシュするだけ。いつまでも近所に住んでいた女の子というポジションに甘んじてはいられない。
よし、と一つ意気込んでから、自分史上最速なんじゃないかと思う程の速さで家へ向かい着替えを済ませる。日焼け止めしか塗っていなかった肌にほんの少しだけ化粧をしてから学校へ向かうと、体育館には沢山の同じジャージを着た人達が居た。
男子バレー部にこんなに沢山部員が居たなんて知らなかった・・・と、今までの自分の興味のなさを反省するが、そういえば友達が県内でも強豪だと言っていたのを思い出す。
それなら部員が多いのも納得だな・・・私のクラスにもバレー部いるのかな。なんて考えながら練習の邪魔にならないよう中に入って隅っこの方へいくと、上には休日だというのにバレー部の練習を見に来ている人が数人居た。
見事に女の子ばかりで、その人気ぶりを物語っている。
その子達と同じ観覧する場所に行きたいが、何分初めて来る体育館のため勝手が分からなくキョロキョロしていると後ろから声が掛かる。
「上へはあっちからだぞ」
ぶっきらぼうな言い方だったけれど、お礼を言おうと教えてくれた人の方へ振り向くと、そこには記憶に残る懐かしい顔があった。目元が印象的なこの顔は・・・間違いない!
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ちょっとぶっ飛んだヒロインに押され気味の及川さん。
書いてて思ったけど、この話及川さんの個性なくなりそう。。。
大人しめの及川さんでよければどうぞ。