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君と私の好きな人 前編

いつも慌ただしいオフィスが更にバタバタとせわしなく動き出す金曜の夕方。
上からの残業削減の呼びかけという名の圧力の効果もあって、なにがなんでも帰ってやるぞという殺気にも似た空気が漂っている。
そんな中でディスクの上の片付けも粗方終わり、コーヒーを飲みながらメールのチェックをしている私は他人から見たらさぞ優雅に見えたのだろう。


「さすがだな高宮。残業のザの字もなさそうだな」


周りが帰り支度に向けてせわしなく動くこの時間に出先から帰って来た同期がコートを脱ぎながら私のディスクを確認する。重たい鞄を自分のディスクに乗せ、椅子に深く腰掛けながら息を吐く彼からはかなりの疲れの色が見える。


「澤村お帰り〜。外回りだからそのまま直帰かと思ってたのに」
「俺もそのつもりだったんだが…、大至急なんて言われたらな」


困ったような苦笑いを浮かべる彼にご愁傷様と声を掛ければ乾いた笑いが返ってきた。金曜日だからだろうか、今日は相当参っているらしい。
今の今まで打ち合わせで使っていただろう書類たちを鞄から出して気合を入れ直した澤村にホレと手を差し出せば、一瞬キョトンとした後、こちらを気遣う様にチラリと時計を確認する辺りが彼の良いところだ。


「大丈夫。30分もあれば一山くらい楽勝だから」
「ハハ、さすが瞬殺の高宮」
「ちょっとその変なあだ名持ち出さないでよ」


いつからか呼ばれるようになった物騒なあだ名は、私に仕事を回すとどんな案件でもあっという間に片付けるからだとか盛に盛られた話を誰かが言っていたが、私からしたら厄介な案件ばかり回されて迷惑極まりない話だ。
当たり前だけど任された仕事は全力で取り組むし、他人に頼るのが苦手だから一人でやってしまう事が多いのは自覚している。女性は男性より劣るなんて思われたくないって意地もあるし。
だがそれだけ仕事に没頭するのは、打ち明けることのできない恋心を持て余す自分が嫌だからという不純な動機からだ。


「そんなこと言うとこの手ひっこめるよ?」


それに加えて、こうやって好きな人を前にして可愛くなれない捻くれた性格。
そんな私とは違い、すぐに謝罪の言葉と共に本当に申し訳なさそうに書類を渡す澤村は出来た男だと思う。これが売り言葉に買い言葉タイプだったら口喧嘩に発展しただろうなって自分でも反省する時があるのだから。
まぁ、反省したところで可愛げってやつは中々身についてはくれないのけど。
おかげで良いところをみせようとして増々仕事に打ち込むから周りから仕事が恋人だとか言われてしまうのだろう。



「ハイ終了。そういえば、先週公開されたあの映画良かったよ、お勧め」
「もう見たのか?俺もあれは気になってたんだが、高宮のお勧めなら間違いないな」


これさっさと片付けて今日行くかな、なんて乗り気になっている澤村に処理済の資料を返しながら残りの仕事量を目算する。澤村なら映画がやっている時間に終わらせられるだろうが、これでハイさようならというのもそっけない気がした。


「じゃ、これは経理に届けておくね。そのかわりこの間言ってたCD貸してくれると嬉しいんだけど」
「いや、きっと高宮も好きだろうが…そんなんでいいのか?悪いな」
「いいよ。澤村のお勧めは私も好きなものが多いし」


なんてね。
本当は澤村が好きだと言っていたから好きになってしまったものばかりなのだけど。映画や音楽、本や飲食店も全部全部、澤村が好きだといったから興味がわいた。澤村と好きなものが共有できるのが嬉しくて私の好みになってしまったものたちばかり。
澤村が好きだと言ったものを片っ端から好きになってしまうなんて片想いのくせに相当こじらせてる自覚はあるが、澤村も話が合うからと喜んでくれてるし改めるつもりはない。

だけど一つだけ。
一つだけ、どうしても好きになれないものがある。


「あ!高宮さんも経理行かれるんですか?ご一緒してもいいですか?」


そう言いながら人懐っこい笑顔を浮かべてパタパタと駆けてくる後輩に引きつり掛けの笑顔を向ける。
経理のどなたに渡したらいいかわからなくてと素直に教えを乞う姿は、元々の容姿とも相まってとても可愛らしい。本来ならばデレデレしてしまうレベルだ。
それなのに貼り付けたような笑顔になってしまうのは、澤村の彼女を見る目が私と話していた時とは比べ物にならないくらいに優しくなるから。


「お疲れ様、広瀬。残業なく終われそうか?」
「はい!でも澤村さんはお忙しそうなのにお手伝い出来なくてすみません」
「広瀬ちゃん気にする事ないよ。そのうち広瀬ちゃんも嫌でも残業しなくちゃいけなくなるし」


早く帰れる時は早く帰ろう。そう言って先輩風を吹かせながら彼女の手を引いて澤村から遠ざけるなんて、大人げない事をしてるとは思う。でも、澤村の顔から広瀬ちゃんが好きだとにじみ出ているのをこれ以上見ていたくなかった。

何事にも一生懸命で、人懐っこくて。ちょっとドジなところも可愛らしい彼女は、私と違って人に頼るのも上手。周りから愛される愛されキャラだし、彼女に恋心を抱いている人は澤村以外にもたくさんいるだろう。
もし澤村の好きな人でなければ私もかなり可愛がりたくなるような、すごくすごくいい子。
私なんて敵わないくらいキラキラした子を前にしたら、こんなこじらせた想いなんて打ち明けられるわけがない。そう思うのに、一向に冷めてくれない想いはどうしたら諦められるのだろうか。


「あ、あの高宮さん!今日って、この後お時間あったりしませんか?」
「ん?どうしたの?残業にはならないって言ってたのに」
「あの、お仕事のことじゃないんですがちょっと相談に乗って頂きたくて…ダメ、ですか?」


恥ずかしそうに頬を染めて、様子を伺うような上目遣い。わざとなら小憎たらしいが、これが天然で出来てしまう可愛らしさが彼女の魅力。
そんなお願をされて断ろうものなら周りから冷酷だの鬼だの言われかねない程の雰囲気を醸し出している。


「……じゃあ行ってみたいお店あるから、ご飯食べに行こうか」
「はい!!あのあの、ありがとうございます!!」


よほど嬉しかったのか、今にもスキップしそうなほど喜ぶ彼女に向ける笑顔もやはりどこかぎこちなくなってしまう自分が恥ずかしかった。
他にもたくさんいる中でなんで私だったのかは分からないが、頼ってもらう事は純粋に嬉しいのに。
私からはあまり話しかけていないにもかかわらず、こうやって慕ってくれる彼女を素直に喜べたらどれだけよかっただろうか。


「それじゃ、早くコレ終わらせないとね」
「はい!」


広瀬ちゃんにバレないように、急に重く感じる足を無理やり動かす。
澤村お勧めの店はどうしても彼女とは行きたくなくて、頭の中で当たり障りのない店を選んでいる自分が醜く思えてチリリと胸が痛んだ。

出来れば恋愛ごとの話にはなりませんように。
そう切に願いながらふと目にした窓の外の景色は、星一つ見えないどんよりとした空なのに、なぜか月だけがはっきりとその姿を主張していた。

それは、一筋の光とでもいうのだろうか。
はたまた災いごとの暗示か。

妙な胸騒ぎを抱えたまま彼女を追う様に歩き出した先にあるものなどわからないまま、週末の夜へと身を投じていった。


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自分の想い人の想い人が別にあるなんてよくある話なのにあまり書いてなかったな〜と思い書かせて頂きました。
とある曲を聴いていて思ったんですけどね。マイナーなその曲知っている方はもしかしたら…ってなったかもしれませんが、いらっしゃったら挙手を願します(笑)

write by 朋


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