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君と私の好きな人 後編

友人や同僚の誘いを断って週末の賑やかな街並みをどこか他人事の様に感じながら帰宅し、そのまま電池が切れたようにビーズクッションへと身を投げる。人の気力を奪うと名高いクッションは、その名の通り私から動く力を取り除いていった。


「はぁ……。しんどい」


このままずっと埋まっていられたのなら。そう願っても、落ち着くとふとした瞬間に蘇ってくる記憶のおかげで胃がキリリと痛むからその思考を追い払うように動いてしまうのだけど。
広瀬ちゃんとご飯に行ってからのこの二週間。仕事でも家でもそんなことばかりしていたせいで肉体的な疲労は蓄積されているというのに休む気になれなかった。


「今頃デートを楽しんでいるのかな」


二週間前の今頃、内心複雑な心境で乾杯のグラスを傾けた私への相談がよりによって恋愛相談だったことには心底驚いたものだ。そして、その相談がまさかの私や澤村の同期である経理部の男を好きになってしまったというもの。
同期同士という事で意中の彼についてあれこれ聞かれるのはいいとしよう。可愛らしい相談だ。むしろ彼も広瀬ちゃんを可愛いと言っていたし、くっ付いてくれたらこっちとしては好都合じゃないか。
なんて、そう考えられるほど気楽な脳をしていたらよかったのに。
無駄にこじらせているだけあって澤村の想いが成就しない事を喜べるほど自分本位にはなれなかった。
だいたい、澤村本人から広瀬ちゃんが好きだなんて話を聞いたわけでもないから、勝手に「報われないよ」なんて言えるわけもない。それに澤村がその恋を諦めたからと言って、私を好きになってくれるわけでもない。
その結果、この二週間はただただ報われないと分かっている好いた男の恋を黙って見続ける日々になってしまったわけだ。
そんな、なんとも形容しがたい感情を誤魔化す様により一層仕事に勤しんでみたけれど、だからといって状況が変わるわけでもなかった。唯一の希望は、彼女たちが今日、初めて二人きりで食事に行く約束を取り付けていたということくらいか。

と、そこまで思って思考が止まる。
希望?この期に及んで?
この二週間、澤村が失恋したからと言って私を好きになってくれるわけじゃないとわかっていて悩んでいたのではないのか。それなら、仮に今日のデートで二人が上手くいったからといって、私の状況は何も変わらない。希望も何もないではないか。


「ダメだ、飲もう」


ついでに友人に愚痴の長電話でもしてやろう。それでグダグダになって泣いて、ふて寝したら週末なんてすぐに終わるだろう。冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、プシュッと子気味いい音を立てながらプルタブを引いて一気に喉へと流し込む。シュワシュワと苦みを伴う刺激に何故だか泣きそうになった。


「あ、もしもし?ちょっと今話せる?長くなるけど…」


自分ではどうする事も出来ない現実や、先の見えない未来を今悩んだところでネガティブにしかならないのはわかっている。現実逃避と言われても仕方がないが、今はもう考えたくなかった。考えようが考えまいが、結果の変わらない月曜日がやってくるのだから。



◇◇◇◇



「おはよーございます」


自分の中では精一杯、いつも通りを装っての出社。しかし、いつも通りではないオフィスでは私の仮面など気にする人などいないようだ。人に囲まれて見えづらいが、中心辺りに居る小さい子は広瀬ちゃんだろう。それだけでこの騒ぎの真相がわかってしまって、ヒュッと冷たい空気を飲み込んだ。きっと経理部でも騒ぎになっていることだろう。
必死に冷静を装って席についてからチラリと澤村の席を確認するが、どうやら席にいないようだ。彼の事だから早く出勤して一仕事終え、今頃朝のブレイクタイムといったところだろうか。
私が出社した事に気付いた広瀬ちゃんが輪から抜けてわざわざ報告に来てくれたけど、冷静という名の仮面をつけても長くはもたないと感じ、お祝いの言葉だけ述べて話題の中心へと戻ってもらった。嬉しそうにはにかんで告げられた「お付き合いする事になりました」の言葉はとてもめでたいし、私にも好都合のはずなのに、やはり素直に喜べない自分がいた。

仕事前に温かい物でも飲んでこの気持ちを落ち着かせないと取り返しのつかないミスをしてしまいそうで早々に席を立ったが、私の行動を不審に思うような人は居なかった。
自動販売機まで先程通ったばかりの道を戻る。落ち着くように少し甘いものにするべきか、気合を入れる為にブラックコーヒーにするべきかなんて、どうでもいい事を無理やり真剣に考えながら現実逃避をしていたせいだろう。席にいないと認識していた彼の居場所にまで考えが回らなかったことを後悔しても遅かったようだ。


「おっ、おはよう。高宮も来たのか」
「っ、……あ、おはよう」


コーヒー片手に爽やかに挨拶をする澤村に一拍遅れて挨拶を返す。澤村があまりにも普段通りの爽やかさを出してくるからまだ広瀬ちゃんの事は耳に入っていないのかとホッと胸をなでおろした。一方的に多少の気まずさはあるが、あからさまに避けるわけにもいかないから、知らないでいるのならまだその方がありがたい。


「なんか最近いつにも増して仕事張り切ってるが忙しいのか?手伝うか?」
「いやいや、自分の限界に挑戦してるだけだから大丈夫。私より澤村の方が忙しそうだけど?今日も朝早くから一仕事やってたんじゃないの?ここで休憩してるくらいだし」


邪念を振り払う為だったとはいえ、我武者羅に仕事していたのを澤村が気にしてくれていたことに内心喜びながらも、これ以上突っ込まれない様に話題を澤村へと転換する。
これはいつもだったらお互いに何ともないやりとりだっただろう。
だが、すぐに返事が来ると思っていた澤村は言葉を探す様に有声休止をし、視線を明後日の方向へと飛ばした。


「あー忙しいわけじゃないんだが…ちょっとな」


なぜ澤村が普段通りなどと思ったのだろうか。いつもの澤村なら、私が挨拶を詰まらせた時点で何か突っ込んできただはずだ。私が必死に普通を取り繕っていたように、澤村だって何事も無いように振舞うのはわかったはずなのに見抜けなかった自分が恥ずかしい。
何を言っていいのかわからず「そっか」とだけ返せば、その後は互いに話題を振られたくないからか妙な沈黙が流れた。
澤村はこの沈黙をどう思っているのだろうか。澤村が失恋したことは知らないはずの私が言葉を詰まらせれば不思議に思うのではないだろうか。チラリと盗み見た先の澤村は、コーヒーカップに口を付けるでもなく、揺れる水面を見つめていた。


『ズルかろうが何だろうが、チャンスに動いて何が悪い』


感情ない顔の澤村を見て、なぜだか先日の友人の言葉が頭をよぎる。
失恋の傷に付け込もうが活かせるチャンスは活かすべきだと私の愚痴に活を入れた友人の言葉は納得できるものだったが、その時は事を起こそうなどとは思わなかった。それなのに、今はその言葉に突き動かされるように体が熱くなる。


「澤村。今夜飲みにでも行こうか」


ばくばくと急かすような鼓動を誤魔化すように飲み物を煽り、一呼吸置いてから反応のない澤村を見る。こちらを見てフリーズしている彼にもう一度飲もうと告げれば、みるみる顔が歪んでいくのがみてとれた。


「まさか・・・気づいてたのか?」


恥ずかしいというよりは情けないとでも思っていそうな澤村に結構前から知っていたことを素直に告げる。とどめの一撃の様な一言に、片手で顔を覆い隠して深い溜息を吐く澤村は先程よりは感情が表情に出てきたように思う。


「なんかずっとバレていたかと思うと心底恥ずかしいんだが」
「アハハごめんごめん。でもそこまでわかりやすかったわけじゃないよ?」


澤村は基本的に誰に対しても面倒見が良くて優しいから。きっと、澤村に恋心をもって見ていた人しか気付かなかっただろう些細な変化だ。周りは気が付いていないだろうとフォローを入れてみたが、澤村には慰めの言葉にしか聞こえないようだ。ここで、それならなぜ私は気付いたのだろうとか考えてくれてもいいと思うのに。


「先月オープンしたお互い気になってるお店にしようか」
「いいけど、頼むから傷口に塩を塗るのだけはやめてくれよ」
「やりそうだって思われてるのが心外。安心していいよ、他の話題提供するから」


空になった紙コップを専用のゴミ箱へ捨てる。釣られる様に澤村が動き出したのを確認して、私から視線の外れたその横顔を見つめながら脳内でシミュレーションした台詞を投げ掛けた。


「私だけが知ってるのは不公平だもんね。だから教えてあげる。私の好きな人」


シミュレーション通りの笑顔でいるだろか。顔が赤くなってしまっていないだろうか。緊張が伝わっていないだろうか。そんな私の心配をよそに、驚いて目を見開いた澤村としっかりと視線が交わる。今まで趣味の情報交換はしてきたけれど色恋の話をした事はなかっただけに予想外だったのだろう。


「他の話題が必要だからって…。なにもそこまでしなくてもいいんじゃないか?あ、まさか協力しろって事か?」
「協力する気があるならぜひ協力して欲しいところだけど」


それを傷心したてのいま望むのは高望み過ぎる望みだろう。だけど、このまま何も伝えなければ私は仲のいい同僚のまま。澤村は別の女性を好きになってしまうかもしれない。そう思うだけでじわじわと苦い物がせり上がってくるから、気を抜いたら震えだしそうな体を必死に隠して微笑んで見せる。


「私の好きな人はね、澤村大地っていうの」


自分が発した声が体内で反響でもしているかのように、他の音が聞こえてこない。澤村が驚いたような声を上げた気もするが、破裂しそうな鼓動にかき消されてしまったようだ。
だけど、困ったように視線を泳がせる澤村はあからさまに顔を赤く染めあげてくれているから嫌悪感はないのだろう。


「続きは飲みながら教えるから仕事終わったらお店に集合ね」


今すぐには無理にでも、私を女として意識してもらえる様に。
失恋なんて忘れさせるくらい、私がどれだけ澤村の事が好きかたっぷり伝えてみよう。

あなたの好きな人になれるように



その後の二人は皆様のご想像にお任せいたします。
辛い片想いにいつか終わりがくると信じて。
これからも片想いをしている方に少しでも勇気を与えられるようなお話が書けたらいいなと思います。
write by 朋


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